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□冬来たりなば、春遠からじ
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冬の奈緒子には暖を取る術がほとんどない。
しかも隙間風の吹く、陽が当たりにくい部屋に住んでいる。

出来ることといえばお湯を沸かしてお茶を入れ、マフラーを巻いて毛布に包まることだけだった。

「こたつ欲しいなぁ…」

どんどんっ!

「山田!あんた追い出しても追い出しても懲りないね」
「…すいません……ほかに住むとこが…」
「ほんだら上田せんせーと一緒に住めばいーじゃないの」
「………」
「先月の家賃、残りあと一万五千円足りてないんだけんどね?」
「来週っ、バイトあるんで多分その時に、きっと……はい」
「たかが一万円五千円でしょう?来週払わなかったら出てってもらいますからね」
「!」

これでも奈緒子は前よりも成長したのだ。
過去には一年以上滞納していたこともある。

貧乏人にこの時代は合わない。
つくづく奈緒子はそう思っていた。

『超能力でなんかできないかなー』

死にそうな程寒い日には超能力さえあればお湯も沸かせて暖まることだって出来るだろうに、と夢みたいなことを考える瞬間さえある。
だけど実際に試してみようとすることはない。
本当に出来てしまったら怖いからである。

「ま、無理だな」

しばらくじっとしていると電話が鳴った。

「もしもし」
『おう、いたのか』
「………う『まぁそう言うなよ』」
「まだ何も言ってない」

相手はそう、いつもの上田次郎だ。

『あけましておめでとう』
「………おめでとうございま…す?」
『年末年始何してた?…あぁそうか、金がないから行くところもないか』
「いやー、年末はバイトで……大晦日と元日は実家に」
『…そうか』

上田は予想外だった。
助けてくれ、金がないんだ等と言っていた奈緒子がそれなりに暮らしていることに。

『初詣は行ったか』
「まだですけど…」
『…明日一緒にどうだ?』
「……。怪しいな…またそうやって、」
『違うよ。退屈だろうと思ってな。一人の正月は…ふっ』
「お前もだろ」

上田の誘い方はいつもこうだ。

普通のことに誘われたことはまずなかった。
けれど奈緒子は行く。
それが何故なのかは深くは考えない。

「…来たな」
「どうも」

日に日に、年々、この男はどこか違う。
奈緒子はじわりと上田を見た。

「……」
「よーし、出発進行だ」

しばらく車で向かい、途中からは徒歩。その間の会話はゼロである。

何も話さなくても全く苦ではない。
奈緒子はむしろ話さない方が心地良いと感じている。

「ここだ」

歩いている途中から薄々感じていたが、本当に初詣に来たらしい。
友達の少ない奈緒子は人混みが嫌いなので参拝客の列に愕然とした。

「ホントに来たのか…」
「どこ行くと思ったんだ」
「人多すぎないですか」
「世間はまだ休みだからな。これくらい例年通りだよ」

奈緒子が連れてこられたのは街から離れたところに建つ、小さいながらも華やかな神社だった。

「ここはパワースポットらしいんだ。今年一年充実させるためにパワーを頂かないとな」
「パワースポット…」

出店の匂いに誘惑されそうになりながら長い列へと向かう。
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