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□冬来たりなば、春遠からじ
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大きい上田は人の隙間をスリッと抜けていくが、奈緒子は狭い道のせいで追っても追っても人が邪魔をして見失いそうになり、着いていくのに精一杯で上田を呼ぶことさえ出来なかった。
上田は到底気づく気配もない。

距離が近付いた瞬間に、奈緒子は咄嗟に上田のコートを掴んだ。

「?」

ようやく上田も奈緒子に気付いて速度を落とした。

「人…多すぎ……。?、な、なんですか」
「………いや?」

上田は小さく笑った。
列にたどり着くまでコートを掴んだまま離さずにいる奈緒子に絶対に顔を見られないように堪えた。

「……そうだYOU、実家で年越しだったと言ってたな。何してたんだ?」
「母と一緒に鐘を突きに夜な夜な並びました。ギリギリ100番目とかだったけど」
「ほう…(楽しそうだな……)」
「久しぶりに一緒にお正月を過ごせたのでなかなか楽しかったです」
「ふーん、良かったな」
「上田さんは?どうしてたんですか?」
「……仕事だったよ」
「………嘘!」

奈緒子の得意技は嘘を見抜くこと。

「へへーん、一人ぼっちだったのは上田さんの方か。かわいそうに」
「…なんとでも言えよ」
「カウントダウンしてないんですか?」
「いいや?ゆく年くる年見てたよ」
「一人で?くっくっくっく!かわいそうに!」
「うるしっ」

前後の参拝客に冷たい視線を送られたので奈緒子は本当にかわいそうに思えてきた。

「来年は誘ってあげますよ」
「……いいよ別に」
「……母も…たまには会いたい、って言ってたし」
「……お義母さんが?」
「お義母さんて言うな」
「お義母さんが言うなら…行くしかないな」
「……来年まで覚えてるかどうかわかんないですけどね」

里見はかなり上田のことを気に入っているが、奈緒子には全く理解出来なかった。

「上田さん、お金。お賽銭」
「小銭くらいあるだろ」
「ないですけど」
「ない?何しに来たんだ」
「本当に来るとも知らず、上田さんに無理矢理連れてこられた」
「自分から来ただろ」
「五円でいいです」
「……」

仕方ないので五円を渡し、順番が来るのをひたすら待った。

「二礼二拍手一礼な」
「え?」
「お参りくらいしたことあるだろ?」
「ありますけど…」

上田をチラ見しながら二礼二拍手一礼をし、お参りをした。

心を込めて、祈った。

このまま、ずーっと、いつまでも続くように。

「……よし」

知るすべなんかないけれど、想いは同じだった。

「おみくじ引くか?」

上田は楽しそうにおみくじ売り場へ向かった。
奈緒子も笑顔で手を差し出した。

「…お金」
「あ、そうか金ないのか…ほれ」
「やった!よしっ引くぞー」

おみくじを人よりも多くしゃかしゃかと振り続け、最後は思いっきり振り下ろした。
上田は隣でさっさと紙を貰っていた。
奈緒子もようやく紙をもらい、広げる。

「おっどれどれ〜。吉か…。まぁ良くも悪くも、というところだな。YOUは?」
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