記念

□リボツナ誕
2ページ/2ページ

一枚壁を隔てて接吻

*秋の春*






それから1ヶ月経っても、綱吉の働くコンビニは健在であった。
何も変わらない代わりに、一つあり得ない事が日常として起こっているという事だ。


「よう、貧乏人」


チャリンと目の前に落とされた小銭、と雑誌。
綱吉は深くため息を吐いていらっしゃいませぇとやる気無く答えた。
そしてレジを通していく。
金持ちの癖にぴったり支払っていくのは、一度綱吉が余分な金を黙って懐にでも入れておけと言われたのを叱咤で返したからだろうか。
あれからリボーンは毎日毎日綱吉の元へ何の嫌がらせかと言うほどに足を運び、「お前、金ねぇんだろうが」と235円の商品を一万円で支払っていくれた。
店長は光栄なことじゃないかと言っていたが、綱吉はそうは思わなかった。
叱咤した際、リボーンがちょっぴり悲しそうな顔をしたようなそうでないような、幻想かマヤカシの類いを見たような気がしたが綱吉は至って真面目くんなのである。
お金は、ちゃんと働いて得るもの。
それに下手に人を信じてやっぱりあれは貸し金だ利子をつけて返せとか言われたら困る。


「ツナ、」
「何ですか?」
「……敬語は必要ねぇっつったろ」


はぁ?と綱吉が顔を上げ、漸くリボーンの顔を見る。
普段なら「ダメツナ、テメーは三歩歩いたら忘れる鶏か」とか言い返してくる筈なのに、何やら今日は静かだ。
それに少し顔が赤いような。
目も泳いでるし。


「……何、マジでどうしたの?もしかして熱あるとか?」


こんなのでも一応常連客だ。
綱吉はカウンターからずいっと身を乗り出してリボーンの顔を覗き見た。
気持ちリボーンが一歩後ろに下がる。


「熱なんかねーぞ。それに俺様は熱なんか出したことがねぇ」
「それって私は馬鹿ですって公言してるようなもんじゃ…?」


いつもの調子でからかって見るも、やはりリボーンから反論は無い。
おかしい。おかしすぎる。
首を傾げて、リボーン?と名前を呼ぶ。
すると、ガシッと手を掴まれた。
いきなりだ。
綱吉は吃驚して肩を揺らした。
頭の上にはクエスチョンマークの大行列。
現状が理解出来ていない。
しかも心なしかリボーンの手が湿っている気が……。


「りぼ、」
「ツナ!」
「……何だよ」
「テメー明日暇か」
「ええ、明日?明日はバイトだよ。スーパーで」
「……そうか」


ちょっぴり残念そうだ。
何か気持ち悪い。
今日のリボーンはリボーンであってリボーンでない何かのようだ。
それでも邪険にしたら何か駄目なようで、綱吉はリボーンに流されてやることにした。
今日は特別だ。
調子が狂う。


「なら、明後日はどうだ?」


射抜くような視線。
深い闇。美しいブラックダイヤモンド。
普段からリボーンの顔を直視するのは控えているというのに、こんな真剣に見つめられてはどうしようもない。
リボーンは、性格はともかく顔は良い。
それは綱吉も認めている。
初めこそは興味ないふりをし通してしたし(今ではそうも言っていられないくらいには言葉を交わしたのでちょっとはリボーンの存在を認め初めている)、故にリボーンのイケメン具合なぞどうでもよく思っていた。
だが、やはり鼻もずうっと通っているし、何より日本人離れした美貌(本人曰くイタリアの血が流れているらしい)。
人間は美しいものを好む習性がある。
それは同じ人間に対してもそうであり、古きよき時代からの賜物なのだ。
つまり綱吉も例外に漏れず、美しい人間には弱い。
綱吉はぐぅ、と唸ってから白旗を上げた。


「明後日は……暇、だけど」


パァアとリボーンの目が輝く。
綱吉は盛大に引いた。
何か気持ち悪い。
本日二回目の何か気持ち悪いである。
イメージ的にリボーンはもっとこう、いや、馬鹿だけれども、知的なイメージがあって、いつも高飛車で、こんな、一般庶民みたいな反応をするだなんてことは……。


「なら明後日は絶対にあけとくんだぞ!絶対の絶対だ!」
「えー…」
「分かったかダメツナ!」
「ハイハイ!……分かったよ」


ぶーと膨れる綱吉に満足そうに頷きながらリボーンはポケットの中から一枚のチケットを出して綱吉に握らせる。
見れば遊園地のチケットのようだ。
余談ではあるが綱吉は遊園地に久しく行った記憶がない。
なので、ホントに素直に喜んでしまった。
ふおぉぉぉ…!と今度は綱吉の目がキラキラし出す。


「リボーン、これっ!」
「明後日の15時、並盛遊園地の入り口で待ち合わせだぞ」
「ちょっ……!」


チャオっ!と軽快に挨拶をして去っていったリボーンに綱吉は首をかしげつつ「ありがとうございましたー!」と業務的なお礼を投げ掛けておいた。
にしても、遊園地のチケットとは。
一つ多大なる疑問があるとすれば、自分とリボーンはそこまでの関係だったか否かという事だ。
寧ろ邪険に扱っていたような気もする。
というよりもそんな気しかしない。
でもまあいいか。
もらっちゃったもんはもらっちゃったもん。


「まさか誕生日に被るとは……ま、相手はリボーンだけど別にいっか。ラッキー!」


えへへ、と蕩けるような笑顔を咲かせ、口元をチケットで隠す。
遊園地、遊園地。
綱吉は今からわくわくする心を押さえるべく、地団駄踏んだりしてどうにか努力をしていた。
10月14日。
15歳以来の楽しい誕生日。
想像しただけでそわそわしてしまう。
立ち読みしていた客から変な目で見られた綱吉は、ポケットにチケットを大切にしまって仕事に戻ることにした。




一方でその頃のリボーンは外で待たせていたリムジンの中でガッツポーズを繰り返していた。
綱吉に出会ったあの日から、リボーンには人生初の春が到来。あの日本州に上陸していた秋の台風は、正に春の嵐。
初めは度胸のある人間だと思っただけだったのだ。
しかし豪邸に帰ってからも中々あの無礼なコンビニ店員の顔が消えない。
寧ろあのサワダという男の周りにシロツメ草が咲きだしたりした。
因みにシロツメ草というのはリボーンの中で一番庶民的なポジションにある花だ。
しかもまたシロツメ草の可憐な白さが綱吉に合う。
それから一週間、どうにも綱吉の存在がしつこく頭にまとわりつくので嫌がらせという茶化しをしにコンビニに通ったりしてみたのだが、更に症状が悪化するだけだった。
寧ろシロツメ草が蒲公英へ姿を変え、最終的に美しい薔薇にまで上り詰めたのだから驚きだ。
そう、綱吉はきっと磨けば光る原石。
童話でいうところのシンデレラ。
となると王子はこの自分しか居ない。
リボーンは綱吉の周りに咲き誇る花が薔薇に変化した頃、綱吉に愛を告白しようと心の内で決心した。
今までものをいってきた財力は、使えないも同然。
逆に嫌みにとらえられて嫌われかねない。
生憎と顔もスタイルもいいリボーンはそこで考えた。
きっと綱吉は直接攻撃の方が揺らぎやすい筈だ。
いや、勘だけれども。
だがそこで一つの問題が浮き彫りになった。
リボーンは女には困った事がない。
権力だ財力だと寄ってくる女もいるが、リボーンの美貌に殺られて寄ってくる女は星の数ほどいる。
女の扱いにも慣れている。
その女はモデルや女優、財閥の娘。リボーンに見合う女だ。
しかし一般庶民に関しては全く触れたことがない。
どう接していいか分からない。
リボーンはここで初めて自分が年相応の初恋に溺れる青年であることを知った。
綱吉を前にしてからまわる。
好きな子を前にして意に反した事を言ってしまう。
何という悪循環。
初恋というものは何てややこしいものなのだろうか。
息苦しい、窮屈。
それなのに想い人を思い出すだけで満たされた気分になる。
ここで一歩踏み出さなければ男ではない。
リボーンは深く頷いた。
近くに控えているのは自分の誕生日だ。
本来ならば自宅で国を問わない各著名人を集め朝までパーティーにいそしむのだが、やはり綱吉と過ごしたい。
二人で、なんか距離とか縮めてみたりしてみたい。
有名なパティシエの作ったケーキでなくていい。
そこらへんの、ちんまい洋菓子屋のケーキでいいから、二人で食べたい。
庶民式でいいから、兎に角、綱吉と。

そこでリボーンは本日勝負に出たのだが、明日はバイトだと言われてしまった。
綱吉の優先順位なぞ考えなくても分かる。
バイト>>>越えられない壁>>>リボーンだ。
ならば誕生日当日でなくてもいい。
誕生日の後日でも構わない。
明後日というのは、実は妥協案だったりする。
俺様が誕生日を妥協してやるっつってんだ、感謝しろよダメツナ、と格好つけてみても浮かれていることにはかわり無い。
チケットを受け取った時の綱吉の顔が忘れられないのだ。
あんな可愛い顔で笑えるなんて。
思わず即効で出てきてしまった。
あれは、刺激が強すぎる。


「残念でしたね、リボーン様」


リムジンの中で年老いた執事がリボーンに静かに語りかけた。
この男はリボーンが生まれた時からの付き人だ。
リボーンはニヤリと笑って長い足を組み直す。
残念?
馬鹿を言ってはいけない。


「そうでもねーぞ。あいつからの誕生日祝いはもう貰ったからな」


あの笑みを見れた事が、何よりも嬉しかった。
ふっ、と優しく笑うリボーンに執事は年老いて小さくなった目を丸くしてから静かに微笑んだ。
綱吉と出会ってリボーンは変わった。
作り物の微笑でなく、本当に心の底から微笑んでいる。幸せそうでなによりだ。
昔からリボーンはませた子供だった。
大人たちの望む微笑を称え、心をどんどん冷やしていっては凍らせていた。
それは育った環境故に仕方の無いことかもしれないが。
それでも男は嬉しかったのだ。
主人の幸せは己の幸せ。
沢田綱吉という人物に感謝せねばならないだろう。
リボーンの心を溶かす唯一の人間。
執事という立場でなく、一人の人間として男はリボーンの初恋を応援したかった。


「明後日、上手くいくといいですね」
「……ああ。そうだな」


車内に穏やかな時間が流れる。
この時、コンビニにいる綱吉とリボーンの心が偶然にも一致していただなんて。
本人たちが知るよしもなかった。




(嗚呼、明後日の天気は晴れだといいな)



.
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ