記念

□ものぐさちゃんときっちりくん
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スカ誕記念
【ものぐさちゃんときっちりくん】


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しまった、と青年は思った。



「しまった……!」



思っていたら、気づかぬ内に声にも出していた。
生憎場所は自分の部屋であるし、他に誰も居なかったのでそれは独り言として空気に溶けていったのだが。

青年、沢田綱吉、満19歳は壁にかけてあるカレンダーの目の前で顔を歪めていた。
8月のカレンダーには涼しげな水の波紋に赤い金魚が泳いでいる。
何て事ない、父親が車の車検に行ったついでに貰ってきたカレンダーだ。
そのカレンダーの、8月8日には大きな赤丸。
しまった。
忘れていた。



「……今日ってスカルの誕生日じゃん」



友達と呼ぶには些か親密過ぎる、世間一般の判断からすれば恋人という関係を築いている、あの彼の誕生日だったのを、今の今まで完全に忘れていた。
参った。非常に。
綱吉は途方にくれた顔をしてカレンダーをそのまま眺めていた。
いつもは幸せな土曜日。
彼の唯一暇な土曜日。
それがこんなにも面倒くさく感じるなんて。
否、この世に生まれて来てくれたのは凄く喜ばしい事で感謝しているけれども。
ハッキリ言ってしまえば、綱吉という青年は極度の面倒くさがりであり、加えて夏バテを食らっていた。
クーラーの効きすぎた部屋から一切出ずにゴロゴロと寝ていれば体も自然にダルくなる。
仕方の無いことだ。
毎年こんな感じであるし、そもそもうら若き乙女でもないから恋人が出来て私生活がどうにかなるといったこともない。
スカルは自慢の恋人であるが幼馴染み。
察してくれるだろう、色々と。



「まあ事前に察してたからカレンダーに丸つけてったんだけどね……」



最早笑うことしかできない。
乾いた笑いを漏らしながら綱吉は財布の中身を確認するために、ベッドの下あたりに散らばっている雑誌を足で退けた。
片付けるのも面倒なのだ。
それに部屋が汚いからといって不備は無し。
雑誌の山から発掘された財布のジッパーを開けて、中身を見る。
諭吉が不在の代わりに、野口が二人仲良く揃っていた。
二人か……切ない。


綱吉の恋人であるスカルはバイクが三度の飯よりも大好きでスタントマンのバイトをそつなくこなす男である。
しかも超のつく売れっ子らしく、暇な日と言えば無理矢理勝ち取ってきた土曜日くらい。
スタントマンが売れっ子といったって顔が分からないんだから判断つかないと失礼にも綱吉が漏らせば、それはそれは手痛く叱られた。
好きなものは蛸。何故か観賞専門。
けれども生きた蛸の入手方法を綱吉が知るはずもなく、蛸を差し上げるという案は瞬時にかき消す。
何がいいだろうか。
恋人として、迷う。
ここで年頃の女の子であれば「プレゼントはわ、た、し!」とか言えたのかもしれないが、自分がやっても正直萎える。意味が分からない。薄ら寒いだけだ。
でも恋人なのだし、ちゃんと性欲は持ってくれているし、躰を差し上げるというのも一つの手段なのかもしれないがアレは非常に疲れる。
そして綱吉は疲れる事が苦手であった。
一週間に一度、若い男が恋人に会えるといえば事に至るわけであるしスカルも例外ではなく。
つまり毎週ヤっていることを誕生日に持ちかけても特別性はない。
それに躰を好きにしていいぞと言って変な事をされても困る。
スカルは常識を持っているには持っているのだが趣味が蛸観賞とか中々ノーマルとは言い難いものなので安心できないのだ。
必要以上に迫られたら確実に身がもたないだろう。



「どーしよっかなぁ……」



これでも付き合って3年は過ぎている。
一年目の誕生日には手作り弁当を作ってあげたし、二年目の誕生日にはハジメテを差し上げた。
そして三年目。
……しくじった。二年目にキスで三年目にハジメテをあげれば良かったのかもしれない。
いやでもスカルが三年も我慢できる余裕を持っているかどうか。
リボーンとコロネロとかいう不良な先輩にパシらされてたりするけれども、男というのは欲に忠実。
まあ自分も人の事は言えないけど、と綱吉は一人で頷きベッドに放り投げておいた携帯を取った。


時刻は11時20分……
スカルが大体綱吉の家へやって来るのは13時。
あと2時間もない。
とりあえず開口一番に言われる事は「アンタは部屋を掃除しろ!!」だろう。
そうして彼は身の回りの世話をやいてくれるのだ…………ん?



「そうだ!身の回りの世話!そして俺の自立だ!」



母親みたいな彼はきっとそうすれば喜んでくれる筈である。
綱吉の得意技は突っ走る事であった。
そしてその得意技は今日も今日とて健在であるらしく。



「よし、じゃあ手始めに掃除から!」



いくら物臭の綱吉といえども今回ばかりは頑張る。
何せ時間がないのだ。



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