記念

□貴方からどうぞ
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青々とした葉の上に残った水滴が日の光を浴びてキラキラと光っている。
湿気を孕んだ潮風。
海は先ほどの雨で少々荒れてはいるが、この日差しだ。
直ぐに穏やかなものとなるだろう。
雨を吸い込んで青臭い木々に、色を濃くしたコンクリート。
コロネロは大きく息を吸い込んで、自転車のペダルを強く踏み込んだ。
長く急な坂。
この地帯は山だったために、急斜面が多い。
コロネロの金色の髪が風に靡く。



「っ、だぁああああ!!」



自転車をおりて押していくなんてのは、プライドに反する。
コロネロは吼えながら足を動かし進んでいく。
半袖のワイシャツに、深緑のチェックのネクタイ。
胸には校章が虹色に煌めいていた。
時刻は丁度18時を回ったところだろうか。




コロネロの通うアルコバレーノ高等学校は海岸に面した所に立っていた。
名門中の名門校だ。
中でも特殊とうたわれる海軍養成コースにコロネロは所属していた。
この平和なご時世に何をと思う輩も居るかもしれないが、この海軍養成コースは古くからある由緒正しき学科なのだ。
世に多くの軍人を輩出している。
同級生には軟弱な奴も多いが、女の癖に自分よりも成績がいいラル・ミルチやパシりではあるが策略を練らせると此方も舌を巻いてしまう程の頭脳を持ち合わせているスカルなんかは良いライバルだと思えた。

コロネロの頬に汗が一筋伝う。
もうすぐだ。
もうすぐで、この坂を登りきる。
そうしたら目的地が見えてくる筈だ。
海に面したアルコバレーノ高校とは違い、山に囲まれたボンゴレ高等学校―――。
此方も同じく名門中の名門である。
只し、馬鹿でも金を払えば何とかなる私立校として。
つまりは、このボンゴレ高等学校は不良の溜まり場だった。
3年には強面中の強面であるザンザスの率いるヴァリアーという不良集団が居るし、不良ではないが2年には雲雀恭弥と六道骸という犬猿過ぎて周りも手がつけられなくなっているヤンチャ者が居る。
1年には―――そう、コロネロが想いを寄せる人物が在中していた。

清楚で規律正しいアルコバレーノ高等学校と悪質で弱肉強食がモットーのボンゴレ高等学校には昔から亀裂があり、お互いがお互いの生徒を良く思ってはいない。
正義と悪。
水と油。
大体が大体、顔を合わせると殴りあいを始めるような仲だ。
そんな仲であるにも関わらず、コロネロと彼は出会った。
出会って、二人して恋に落ちてしまった。
奇跡が起こった、と。
もし両校の教職員がこの事実を知っていたらそう呟いていたかもしれない。



あの日は局地的に大雨の降り注ぐ日だった。
商店街に連なる店はどこもかしこも早めに店仕舞いをし、10時を回る頃には商店街は灯りを失っていた。
コロネロは叩きつけるような雨を鬱陶しく思いながらも、コンビニで先日買ったばかりのビニール傘をさして歩いていた。
ラルと二人、寮住みであるスカルの元へ押し掛けてテスト勉強をしていたのだ。
ラルの方は頭も良いのだが、如何せんコロネロは筆記というものが苦手であり必要ないものだと考えていた。
面倒くさい事この上ない。
しかしここで落第点を取れば二人に馬鹿にされるのは目に見えているので、気合いで何とか頑張っている。
そしたら、こんな時間になってしまった。
早く帰らなければ。
コロネロが独り暮らしをしているアパートの大家はやたら神経を尖らせている。
日付を過ぎて音を立てた日には、次の日多大なる説教を受けることになるだろう。
それは勘弁願いたい。
大体、あの大家は話が長いのだ。
素直に聞いていたら遅刻決定である。



「―――……ん?」



ふと、コロネロの青い瞳が前方から歩み寄ってくる影を捕らえた。
フラフラと足取りは危なっかしく、こんな激しい雨の中で傘もささずに歩いているなんて。
ザアアア、と容赦なく視界を邪魔する雨に目を凝らす。
―――……男だ。
身長は低く、華奢で。
ガキだろうか。

コロネロの前まで来て、少年は止まった。
俯いていた少年は一瞬間をおいてからユラリと顔をあげる。
まるで幽霊のようだ。
しかしコロネロは幽霊なんて非科学的なものは信じないタチであるので、実に冷静にその一連を見ていた。
丸い琥珀の中に息を潜めている金。
コロネロは思わず息を飲んだ。
目を合わせた途端に感じる気迫。



「―――た、」

「ああ?」



何やらボソボソ言っている少年に、耳を傾ける。
少年はクソッと悪態をつき、ペッと唾を吐いた。
良く見れば傷だらけだ。
唾を吐いたのは咥内に血が溜まったからのようである。
コロネロにも思い当たる感覚。
最近は喧嘩で顔を殴られるというヘマは踏まないが、この少年は踏んだらしい。
地味に後に引くのだ、この痛みは。
それにしてもこの少年はこの小さい体でよくやる。
相手は知らないが、喧嘩とは。
明らかに不利だろう。
どう考えても。



「お、お腹減った…」

「はぁ?」

「何か恵んで下さい!」



少年の目は完全にコロネロが手にしていたコンビニ袋を捕らえていた。
夕飯にと買ってきたのだ。
先ほどの気迫は何処へやら。
人差し指をくわえて、涎を垂らさん勢いである。



「ねっ!お願い!ダメ?」



パンッ、と目の前で手を合わせて懇願する姿にコロネロはたじろいだ。
大きな瞳が戸惑っている自分を映している。
ぐぅ、とコロネロは思わず唸った。
見た目からは想像できないが、これでもコロネロは困っている人間に手を差し伸べてしまうタチなのだ。
生憎詐欺などにはあっていないが、スカルにその内引っ掛かると言われては彼を殴り飛ばしている。



「仕方ねぇな……ウチ寄ってけ」

「いいの?!マジで!?」


ありがとぉおおう!とびしょ濡れの手でコロネロの手をとりブンブンと振る少年に、コロネロも目を白黒させた。
手首にかけたコンビニ弁当がガシャガシャ遠慮も慈悲も無く上下にシャッフルされているので、開けたら無惨な事になっていそうだ。
まあそんなこんなでコロネロはその少年を拾った。
大家の神経に障らないよう静かに階段を上り、シャワーをつけて濡れ鼠のそいつをバスルームに放り投げる。
しかし乾燥機なんてリッチな家電は存在しないので、びしょ濡れの彼の服を洗濯機に入れ洗濯した後は部屋干しだ。
まだ名前も聞いてない。
なのに何故自分はこんなに世話を焼いているのだろうか。
コロネロは疑問符を飛ばしながらも、手はインスタントラーメンを作るために化薬の封を切っていた。



「ぷはー!気持ちよかった、ありがとう!」



えへへーと抜けた笑顔。
コロネロは跳ねて収拾のつかない頭からバスタオルを被り、自分のダボダボのTシャツを着てスッキリした顔をしている少年をガン見してしまった。
シャワーから出るのが早いなと思ったが、自分がせこせこ動いていたせいで時間の流れが早くなっていたようだ。
下着もズボンもコロネロの物を借りた少年は図々しくもお腹減ったよーご飯ご飯ーとぴーぴー喚きだした。
宛ら母鳥の捕えてきた餌を待ちわびる小鳥のようである。



「怪我」

「ん?」

「その怪我、どうしたんだコラ」



サイズが合わないせいで、肘まで隠す袖の下からは白く細い腕が伸びている。
そしてその腕には幾つかの擦り傷があった。
随分な怪我だ。
口端にも、痛々しい切り傷。
しかし少年は気にしていないのか、ああーコレねーと呑気に仰った。



「まあ予想はついてるだろうけど、喧嘩。酷いよなー、一人で来いって言われたから一人で行ったら50人待ち構えてたとかけしからん!普通一人で、って言ったらタイマンだと思うだろ?」

「……まぁ、な」

「しっかも金属バットやらナイフやらも所持しやがって……!スデゴロじゃないなんて有り得ないね。だいたいさぁー」



グチグチ文句を垂れ始めた少年に、いよいよ意味が分からなくなってきた。
……待て待て待て。
1対50とか、というかそれで武器もついて少年は、たったそれだけの傷しか負わなかったのだろうか。
それこそ有り得ないだろう。
そう、有り得ないのだ。
思わず犬に言うように「待て」と言ってしまったコロネロは、一人納得して深く頷いた。
少年はと言えば、キョトンとしつつも「待て」をきちんと守っている。



「お前、マジで言ってんのかコラ。頭ぶつけたとかじゃなくて?」

「んなっ!違うよ!」



怪訝そうなコロネロの表情に、噛みつくように反論した少年はそのあと何やらハッと閃いた顔をした。
コロコロと表情を変えるやつだ。
そういえば、先ほどこの少年の中に見た鋭利な光は一体なんだったのだろう。
実に攻撃的な色であったが―――……



「自己紹介、してなかったね。そういえば」



気づくのが遅い。
コロネロは不意をつかれてポカンとしてしまった。
呆れてしまう。
今更言うことか。
本来ならば出会ってすぐ、それか帰り道、最後のチャンスで家に上がるときに自己紹介をすべき筈なのに。
しかしそんなコロネロに構わず少年は手を差し出した。
どうやら、握手を求めているようだ。
コロネロは仕方がないので、その手を気持ち程度に握ってやった。



「おれ、沢田綱吉!10月14日生まれの天秤座で、血液型はA型、好きなものはお菓子で嫌いなものは野菜、歳は15歳で―――」

「ちょ、待てコラ!!15歳?!」

「―――何か問題でも?」



底冷えするような声で綱吉と名乗った男は切り返してきた。
顔は笑っているくせに、目が笑っていない。
しかも禍々しいオーラが彼を取り巻いていた。
どうやら触れられたくない話題だったようだ。
だが15歳とは恐れ入った。
明らか綱吉はいいとこ小学生の高学年。
中学時代をすっ飛ばしてきたように思えるのだが。


「ああ、で。私立ボンゴレ高等学校の1年B組に所属してます」



ケロリ、と。何事も無いように。
綱吉の吐いた言葉に驚愕の表情を浮かべたコロネロに、綱吉はキョトンとした。
まさか。
まさかあのボンゴレ高校の人間とは。



「な、何で俺なんかにノコノコ着いてきたんだコラ!」

「え、何で?」

「何で、って!制服見て俺がアルコバレーノ高校の生徒だって分かっただろうが!」

「うん。だからビックリしたよ、うちの高校じゃイメージ最悪なんだよねぇアルコバレーノ高校って。でも君優しいし―――、ってアレ?君、名前は?」

「……コロネロ」

「そう。コロネロが拾ってくれなかったら俺多分道で飢え死んでたよーきっと」


俺要領悪いしドジなダメツナだからさーと言いつつ、何故か照れ笑いをする綱吉にコロネロの疑問符は増えていくばかりだ。



「ともかく!お前、誰かに見られてたらお前が目ェつけられる事になんだぞコラ!」

「うん。だから?」

「いいのか、それで。今以上に怪我しても知らねぇからな」

「あー、うん……」



遠い目をした綱吉はそれでも頷き、それからインスタントラーメンの湯はまだかとのたまわった。
なんてヤローだ。
コロネロはあまり気が長い方ではないので、綱吉に拳骨を食らわしてから火にかけ沸騰しているであろう湯を取りに腰をあげた。
綱吉は殴られた頭を涙目になりながらさすっている。
ざまあみろ。
コロネロはニヤリと笑って湯をインスタントラーメンの容器に容赦無く注いだ。
熱湯が飛び散って綱吉にかかったようだが、それもまたいい気味だと思えた。



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