記念

□this from 2
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たった今、一人の女の生涯に幕が下ろされた。
下ろされたのは不本意であり、下ろしたのは死神である。


その死神が女の死体を眺めて小さく舌打ちをした。
仕事とは言え、女を殺すのは趣味じゃない。
床に散った血も、見慣れたものであるのに何だか気分が落ち込んだ。

リボーンはフリーのヒットマンである。
そして今しがた死んだこの女はあるマフィアのドンの愛人であったそうな。
情報を握って恋人に受け渡そうとしていたことがバレて、このザマだ。
なんて世界は無慈悲であるのだろうか。
もっとも、その無慈悲を届けるのはリボーンであったが。


フン、と鼻を鳴らし帰ろうときびすを返した丁度その時、インターホンが鳴った。誰だ。
こんな時間に。


仕方なくドアを開けば、華奢で目の大きい、それでいて個性的な多分男性であろう人間が立っていた。
生憎死体はここから見えない位置にある。
さっさと用事を聞いて帰って貰うのが賢明だろう。



「何の用だ」



チラリと少年のような青年を見てリボーンは眉間に皺を寄せる。
その様子に青年はうぅ、とたじろぎながらも、リボーンを見据えて言葉を紡ぎ返した。



「あ、あのう、部屋を、交換してもらいたくて…」

「はぁ?」

「やっぱり、駄目…ですか?」



背に差があるので、自然と青年は上目使いになる。
が、リボーンにとってそんなことはどうでも良かった。
部屋を交換しろだと?
意味が分からない。
そもそもこの部屋には出来立てホヤホヤの死体が転がっている。
無理な話だ。



「俺、今日から明日にかけて絶対にこの部屋で過ごしたいんです!」



やけに必死な青年の声が廊下に響く。
目だってしょうがない。
リボーンは小さく溜め息を吐いて、とりあえず青年の手を取り歩き出した。
何故そんな行動を取ったかは分からないけれど。
でも、まぁ一言で言えば面白そうだったからだ。
必死そうな人間は嫌いじゃない。
それにこの青年は何だかこちらの過虐心をピンポイントで煽ってくれる。
死神や悪魔という類のものは、不幸な人間を好む習性があるのだ。
そしてとりあえず、このシケた心をどうにかして向上させたかった。
しんきくさいのは、どうも好きになれない。



「わ、わ…!何処行くんですか?!」

「丁度出かけてーとこだったんだ。付き合えよ」

「何に!?」

「飲みにだ」



ククッと喉を鳴らして笑えば、青年は「はぁ?!」と顔を歪めた。
そんな反応をされたのは初めてである。
大抵の人間ならばリボーンの言うことには喜んで応えるし、顔もスタイルもオーラも抜群中の抜群、むしろトップオブなので女性であったら昇天ものだ。
そんな素晴らしすぎるお誘いを断る訳がない。



「そうだな。テメーの服に合いそうな場所で飲むぞ」



貧相な服、と突っ込めば、青年は顔を真っ赤にしてうつ向いてしまった。面白い。



「し、仕方ないだろっ!俺、一般市民なんだからっ…!」

「じゃあなんであんなホテルに居たんだ」

「それは…人生最後の贅沢、」

「へぇ」



まぁどーでもいいな、とリボーンは返して適当な飲み屋に青年を引きずりこんで行った。



「俺、金ないですよ!?」

「心配すんな。奢ってやる」



入った店は、日本風であるが中々に高そうである。
大体あのホテルの周辺は高い店が多いのだ。
リボーンは適当な個室を選び、勝手に注文しだした。
しかも度数の高い酒ばかり。



「お前、名前はなんつーんだ?」



注文をし終えて、リボーンは今更な質問を青年に投げ掛けた。



「綱吉、です」

「名前負けしてんな」

「うっ…るさいですよ」



うるせぇよ!!とでも怒鳴りたかったのだろうか。
むぅ、と膨れた彼にリボーンはクスリと微笑む。



「じゃあ、ツナだな」

「へっ?」

「ツナ。将軍というよりは、シーチキンみたいな庶民性溢れる感じの方がツナには似合うぞ」

「んなっ…!!」

「俺はリボーンだ。よろしくな。敬語とか堅苦しいのは酒の席じゃ好きじゃねぇ。タメ語で構わねーぞ」



瞳をパチクリさせながら、綱吉はリボーンをみやる。
なんだこの礼儀知らずな男はとも思ったが、どうやらやはり上流階級者。そして人々に敬語を使われている人種であるらしい。
人生最後にしていやに立派な知り合いが出来たものだ。



「こちらこそよろしく、リボーン」



早速届いた酒を煽る姿は格好良いもので、つい見惚れてしまった。
変わって綱吉はチビチビと酒を飲む。
瞬間、焼けるような刺激が舌から喉に伝わった。
どんだけ度数高いのを選んだのだろう。



「遠慮せずに飲めよ」

「あ…、うん」



ニヤリとタチの悪い笑みを浮かべている辺り、リボーンは綱吉が酒に強くないのを見抜いたようだ。
それなのに煽るような言葉を投げ掛けてくる。
鬼だ。悪魔だ。最悪だ。
綱吉はそれでも「えぇい!何のこれしき!」と酒をグビグビと飲んでやった。
どうだ、とリボーンを見れば、片眉をあげて感心しているようである。

ほれみろ、やれば出来るじゃないか自分。
綱吉は自分で自分に拍手を送りたくなったが、途中でそれも妨害される。



「なんだ、飲めんじゃねーか。次はブランデーいけよ」



どうやら、見事に勘違いをしてしまったらしかった。
あああ…1013号室が、心から愛しく感じる。
あのまま我儘なんて欲を出さずにベッドに転がっていたらよかったのか。

綱吉は最後の最後まで不幸な自分に、ひっそりと涙を飲んだのだった。



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