記念

□this from
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ホテルの一室から見る夜景というものは、成程確かに最高だ。


国際的に有名なホテルの、最上階にある一室で、沢田綱吉24歳はグダグダとベッドの上で四脚を投げ出していた。
かぎ慣れないホテルの香りに、思わず足をばたつかせる。
先程までピョイピョイとベッドの上で弾んでは遊んでを1人で繰り返していたのだけれど、如何せん暇になってしまった。



「ふぅ…幸せだけど。何か違うな」



体を起こしてガラス張りの窓に近付く。
高層ビル顔負けのホテルだ。
下を歩く人々は、正に蟻のようにちみっこい。
どうやら、丁度ホテルに備え付けられているコンサートホールで行われていたオペラが終わったところらしかった。
ほくほくとした表情の、やらた高そうな服に身を包んだ上流階級と思われる人々が沢山出てきている。
演目は確かセヴィリアの理髪師。
フィガロの結婚の前編にあたる物語。
明日フィガロの結婚を上演するあたり、続けて見せようという試みらしかった。
因みに言えば綱吉が音楽に関して持つ知識なんてたかが知れているので、これらの演目を知ったのもホテルのロビーにポスターが張り付けてあったからだ。
ウィーンから来た指揮者と楽団。綱吉もそこそこに知っているくらいは、有名である。


ロッシーニはヒット作を連発、後に莫大な資産が残ったという。そして引退後はパリに住み、グルメ三昧の優雅な余生を過ごしたらしい。
何とも素晴らしい人生。
まるで天と地のようにかけ離れている。
全く才能とやらはかなり不平等に与えられたものらしい。
綱吉は歩く人々を見ながら溜め息を吐いた。
肺の奥から絞り出すようにだせば、若干の苦しさを伴う。



思い返せば生まれてこの方幸福なんてものに恵まれちゃいない。
悲惨な人生であった。
何をやってもダメダメダメ。まさにダメツナというあだ名がふさわしい。
特にここ最近は落ち目である。
恋愛面では中学時代からの憧れの人が結婚。
仕事面では社長の横領の発覚により会社が倒産。
笑えないを通り越して、通り越して、通り越して、ついには一周して、綱吉は思わず笑ってしまっていた。

そしてあんまりな人生を見返して一言。



「こりゃ駄目だ!」



沢田綱吉は悲惨な人生に幕を下ろし、生まれ変わって新たなるスタートを切ることに決めたのだ。
どうせ誰の記憶にも強く残っちゃいない。



ある日ふとテレビに写ったのは、超有名なホテル。
上流階級の人々しか泊まれない程の金額を請求される。
可愛くて若いリポーターがディスカバディーを試みる事で知られているこの番組に取り上げられた理由は、もっと市民にも親近感を!というものだった。
馬鹿だ。市民に親近感を与えてしまった時点で高級感が幻滅するというのに。
綱吉はカップラーメンをすすりながら、何と無くそのテレビを眺めていた。
しかしそのホテルの支配人は軽々しくオーケイを出し、笑顔で「ミナサーン、キテクダサーイ」と笑顔で客呼びをしたのだからビックリだ。
そのスーツもネクタイも、市民からみたら尋常な値段じゃない癖に、まだ金を求めるというのか。
やはり上流階級は違う。


可愛くて若いリポーターが出したボードに書かれた金額は、丁度綱吉の全財産程のものだった。
そこで綱吉は思い付くのだ。
どうせ死ぬのなら、記憶に残るように普段とは違う豪華な場所で死ぬのもいいかもしれないと。



そこで意を決して入った部屋が今居る部屋だ。
全財産を叩いて入った部屋だけあって、素晴らしい。
ありがたい事に部屋散策で2時間位は暇が潰れた。
が、綱吉には不満な事が1つだけある。
この部屋は本当に申し分ないのだ。ないのだが。
ここの部屋番号は、1013号室。
因みに本日の日付けである。
だが綱吉の望みは、1014号室であった。
明日の日付け。
明日は、綱吉の25歳、そして人生で最後となる誕生日であるのだ。



「どうせなら、希望を押し通してやりたいなぁ」



ぼそりと呟いた綱吉だが、今までで希望を押し通せたことなど1度もない。
今回も、希望の1014室には先客がいた。

だが。今回ばかりは譲りたくない。
どうせ最後なんだ。
我儘くらい言わせて欲しい所存である。



チラリ、と時計を見れば、その短針は10を指していた。
夕食の済んでいておかしくない時間だ。
行って、邪魔にならないだろうか。


優しい人だといいな、と願いつつ、綱吉はキーを取りドアノブへと手をかけた。
何、恐れることはない。
ただ、「部屋を交換して頂けませんか?」と交渉しに行くだけだ。うむ。



よし、と気合いを入れて、隣の1014号室の扉を見据える。
そして意を決し、綱吉はインターホンを押すために人指し指を出す。
ごくり、と唾を飲む音が、ヤケに響いて聞こえた。



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