りく
□あの子の居る島
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雨がシトシト降っている。
どうやら本日のこの孤島の担当は雨の精の様だ。
ツナは洞窟の中で身を丸めて眠っていた。
シトシトシトと、洞窟の入り口で雨の落ちる音。
それがじわじわと反響して、ツナの寝ている洞窟の奥にまで響いてくる。
……眠れない。
ツナはパタパタと尻尾を動かしてくあぁ、と欠伸を漏らした。
金色の尻尾。ジョットが褒めてくれた尻尾だ。
先日ラルと椅子を作っていた時も毛の色を褒められた。
だからツナは自分の尻尾が嫌いじゃなかったりする。
「何だ、君かい」
いきなり、何処からか声が響いて洞窟内で反響した。
ツナは顔を上げ辺りを見回す。
するとバイパーと名乗ったアルコバレーノの一人が、現れフンと鼻を鳴らした。
相変わらず目はフードに覆い隠されていて見えない。
「雨宿り?」
「まあ、そうだね。リボーンの野郎と喧嘩して家を出てきたんだ」
「へぇ…大変そうだね」
「ホントだよ」
機嫌が悪そうなバイパーはツナの横に腰を降ろした。
ツナは仕方なく体を起こし、人化してバイパーの横に並んで腰を降ろす。
龍のままだと体が小さくてバイパーに見下されてしまう。
それが嫌なのだ。
龍という生き物は元来高貴な生き物であり、プライドも相当高い。
性格上龍らしくないツナも一応は龍の端くれらしくプライドくらいは持っていた。
「調べてみたんだけど、君って相当凄いみたいだね」
「何が?」
「アルコバレーノに神と五大精霊が報告しない訳だよ。ツナ、ツナ……コードネームT,U,N,A。高い情報料が貰えそうだけど、僕という存在を抹殺されては意味無いからね」
「何の話?」
「名前には必ずしも意味があるって話さ」
「ふうん、」
ツナは半分も理解できないバイパーの言葉の意味を聞き流して、欠伸を噛み殺す。
バイパーもそれについては気にならないらしく、シトシトシトと響き渡る雨の音を楽しんでいる様だ。
そうして、しばしの沈黙。
「バイパーの名前の由来って?」
が、それを破ったのは珍しい事にツナであり、バイパーは多少驚いた雰囲気を出したが直ぐ様普通を取り繕っていた。
シトシトシト、雨の音が絶えずに続いている。
「バイパーは毒蛇って意味さ」
シトシトシト、シトシトシト。
毒蛇とは何て物騒な。
シトシトシト、シトシトシト。
「他のアルコバレーノの由来は?」
「気になるのかい?」
「そんなことないけど……」
「今なら激安特価で教えてあげてもいいけどね」
「俺、通貨持ってない」
「通貨じゃなくてもいいんだよ。例えば……」
えいっ、というバイパーの掛け声と共に頭の一部に痛みが走る。
ブチリ、と鈍い音もして、どうやら髪の毛を抜かれてしまった様だった。
人間の髪の質・形をしていた髪の毛は主人を失って竜の時の物へと戻ってしまう。
金色の、綺麗な龍毛。
「龍の毛は類い希なる魔術師の間で高く取引されるんだ。魔術師、というよりもその取引相手の代表といえばマッドサイエンティストのヴェルデなんだけどね」
ニッ、と口元を笑みに歪めてバイパーは笑った。
きっと良い笑顔なのだろう。
ツナは強制的に代償を払わされ、むぅ、と唇を尖らせた。
お気に入りの毛であったのに、あの気に食わないヴェルデに渡されてしかも実験に使われるなんて。
「じゃあ、雨が止むまで話そうか。君の事も何か話してよ。僕は君に興味があるからね。色々と」
「情報料になるから?」
「ムッ、個人的にさ」
「なら……いいけど」
バイパーはアルコバレーノの中では比較的嫌いではない方だ。
口は悪いけど、リボーンやコロネロみたいに酷くない。
ヴェルデと仲が良いようだけど、実験材料にされるなんて事は無さそうである。
「まず、アルコバレーノの意味から話そう。アルコバレーノっていうのは旧世界にあったイタリアという国の言葉で虹を表すんだ。ジョットもイタリアの血を引き継いでる人間さ。因みに旧世界から新世界までの神秘的な架け橋という意味で僕たち7人に名付けられたんだよ。虹っていう面子じゃないけどね。ファンシーの欠片もないだろう?明らかにネーミングミスだよ」
アルコバレーノ、虹。
確かにファンシーではない、というよりもアルコバレーノがファンシーであったら恐怖しか生まれないような気がする。
ツナはゾッとしながら、バイパーの話に耳を傾けていた。
少し鳥肌が立っている。
「まず、リボーン。旧世界の各国の言葉が混ぜこぜになっているから詳しくは言わないけど、リボーンの名前の意味は復活。当時妊婦であったルーチェは光、ヴェルデは緑、スカルは頭蓋骨で、コロネロは確か軍隊などの大佐だったかな。フォンは字で書くと風」
「関連性が見当たらないね」
「そうでもないさ。コロネロは旧世界に於いての戦争好きな人間達を意味するし、それによりスカルの意味する頭蓋骨が沢山生産される。そこで旧世界は滅び、世界は新世界へと生まれ変わる、というよりも"復活"する訳だ。そして旧世界を作り出したアダムとイヴを誘惑したとする"蛇"。この蛇が居なければ世界は始まらないのさ。復活により生まれた新たな世界。満ちる光、溢れる緑、そよぐ風。ホラ、きちんと繋がっているだろう?」
フフン、と自慢気に話すバイパーにツナも引き込まれていく。
こういった話は嫌いじゃないのだ。
知らない事を知る楽しさは、ジョットが教えてくれた。
孤島に来てからも、五大精霊達が話す知らない話題はとても興味深いものだった。
「じゃあ、俺の名前の由来は?」
「ムッ…お前自分の事について知らないのかい?」
「悪い?」
「別に。まあ、知っておいた方が自己防衛機能の向上にも繋がるだろうし……いいよ、教えてあげる。タダでね」
シトシトシト。
雨脚がどんどん強くなっていく。
雨は嵐に変わりそうである。
そうなった場合、バイパーはあのアルコバレーノ達の住む家には帰れないだろうからずっと一緒にいなければならないのだろうか。
他人と時間を共有するのはあまり得意ではない。
ツナはバイパーという異様な存在を身近に感じながら瞳を細めた。
「まずツナを旧世界においてのローマ字で書くとTUNA。ここから英語に直して解いていくと、Tはテンプテーション、Uはアンチテーゼ、Nはナチュラル、Aはエイブル。誘惑と命題への反抗、自然と可能。要するにお前は新世界への期待と象徴、または破滅への種にもなる貴重な存在って訳さ。因みにTにはティアードロップと意味も重ねられているみたいだけど」
一滴の涙。
その話はジョットに聞いた事がある。
旧世界の終焉の際、強力な力の一部が一滴の涙となって新世界に零れ落ちたという。
そしてその雫から生まれたのが一匹の小さな龍。
つまりツナの誕生。
「五大精霊が唯一重なり守護する孤島……時空間の歪み調整としてのアルコバレーノの孤島への移行。完全に上が動いてる」
「俺のせい?」
「いや、お前の"せい"じゃないよ。お前の"為"さ」
秘められた力は絶大。
知られればツナの命は邪念を持ち合わせた生き物に狙われ危険に晒される事となる。
それだけは避けなければならない事態だ。
アルコバレーノ・五大精霊の他に隠れた人柱。
力の均等は世界維持に於いては絶対でなければならない。
どれか一つでも欠ける事は許されないのである。
「あまり興味ない」
「そ。それでいいのかもね、今はまだ」
「これからもずっと、だよ」
へらりと笑うツナに、空気が緩む。
全くこの龍は。
バイパーは呆れた様に笑ってから再び雨の音に耳を傾けた。
横ではくわあ、とツナも欠伸を漏らしている。
「タダ働きは嫌いだけど、ツナを守るのは嫌じゃないよ」
「……何で?」
「誰だって綺麗な宝石は独り占めしたいものなのさ」
「よく分からないや」
「ムッ、お前はまだまだ未熟だね」
「そうやってすぐ下に見る。俺は、そういうのは嫌い」
「そう」
バイパーに頭を撫でられるのは初めてだ。
しかしツナは嫌がる様子を見せるでもなくそのままバイパーの手を受け入れていた。
アルコバレーノ。
意地悪な輩は嫌いだ。
だがアルコバレーノは不思議と心に浸食してくる。
シトシトシトシトシトシト。
目を閉じてバイパーの肩に寄りかかる。
気が緩んでしまっているのは、きっとこの雨音のせいだ。
ツナはそう思うことにして、くうくうと寝息を立てだした。
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