りく

□あの子の居る島
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暖かい午後。
雨の後、残された雫がキラキラと葉や花に馴染んでは光っている。
ふわりと鼻を突く青臭い香り。
人の道は無く、ただただそのままの自然がそこには残されていた。
舞う蝶が束になって花から花へと移動し、蜜を集めている。
森を抜けた場所にある、小さな花畑。
そこは蝶たちの寝床であり隠れ家だ。
紫の羽が太陽の日差しに透き通っている。
ふと、そこに一頭の小さな龍が飛んできた。
慣れた様子で風を切り、気持ちよさげに瞳を細める。
赤金色の毛が靡き、嬉しそうに尾を揺らす。


旧世界が滅び、新世界が創り出されたのは今から数えて約二千年以上も昔のことだ。
人間達の愚かな行動が積もりに積もって神々の逆鱗に触れ、旧世界は終焉を迎える事となるのだが、その愚かな人間の残骸と他の生物を混合させ、聖なる生き物達を生き返らせた、神々の住みやすい世界。
それが新世界であった。
戦争も欲も排除して、命あるものが在るがままに生きていく世界。
亜人を始めとして、精霊、龍などをこのフィールドに放ったのは無駄な争いが極力起こらないようにする為であり、種族分けをすることにより監視機関の向上を計る為だ。
争いは命が続く限り消えることは無い。
しかし旧世界の醜さよりは幾分かはマシであり、人間を減らしてしまえば世界は一段と輝きを見せた。
人間は増殖を繰り返し、知能と欲を増幅させ、愚かな過ちを繰り返しつづけた。
だが皮肉なことにこの新世界の誕生に荷担したのも又人間であり、人間の力無しでは作られなかった世界なのだ。

新世界では陸と陸を離すために浮遊した島々で構成されている。
旧世界では海を創りある程度島々を離していたが領土戦争は何百年と絶え間なく起こり、結局数え切れないほどの被害者と屍と命の損害を叩き出した。
その過ちを繰り返さないように、神々はこういった対策をとった訳であるが、意外にもこれは効果的であった。
移動手段は限定されるものの、自力で移動できるものは皆知能が高く欲の限られたものか、又知能が低く動物的感性の持ち主と極端な為にあまり心配には及ばないのだ。
例えば前者で言うと龍・精霊・性能の良い有翼人などが良い例で、後者は人間や他の中途半端な知能を持ち合わせた亜人達である。
後者の場合は前者の協力を得て空を渡るか、艇を使って運んでもらうかしなければならないのだが、この艇というのに金が大幅にかかるのだ。
人間は錬金術や召還魔法を駆使し空を渡るものも居るが、その力を使えるものは制限されている。
こういった制度の管理は神々の仕事ではなく、五大精霊という機関が受け持っていた。
五大精霊は雨・晴・嵐・雷・雲から構成されており、其々水や木々からなる数々の精霊たちの統括もしている他、全ての生き物の管理を任されているのである。そして気候のコントロールも担当しているので、ある意味世界の維持及び崩壊・創作しか出来ない神々よりは世界の軸と深く精通しているようにも思えた。

そんな世界の、島々の一つに小さな孤島がある。
名も無き島は自由の象徴。植物や蝶などの生き物が生息していながら、不思議なことに精霊が住んでいない。
大きい命として呼吸を繰り返しているのは一匹の龍だけであり、その龍は誰にも侵されない生活を楽しんでいた。
龍の名はツナ。
名付け親は、この世界の島々の中で一番の大きさを誇るボンゴレ大国の王であるジョットと呼ばれる男だ。
ある人間や生き物達は彼の事をプリーモと呼んだかもしれないが、ツナにとってはそれが一番馴染みのある名であり、愛しい記憶であった。
新世界の創造に荷担した男であり、人間であるにも関わらず神々との契約で不老不死を得た男。
ツナの生まれ故郷はボンゴレであり、マスターであるジョットと豪華な屋敷に住んでいたのだがある日の嵐の日にお使いを頼まれてこの孤島に飛ばされてしまったのだ。
戻りたくても、戻り方が分からない。
仕方が無いので、風の強い日に空へ向かって「帰りたい」と呟けば、五大精霊の内の雲が目の前に現われた。
怖そうな男ではあるが、彼はツナのマスターであるジョットと仲が良かった為に面識はあったので、ツナは勇気を振り絞って話し掛ける。
だが彼はジョットからのお達しでツナをボンゴレに戻すわけにはいかないんだと説明してくれた。
詳しくは言えないが、とりあえず自立して欲しいらしいよと軽く言われてしまってはツナも何も言い返せない。
何せジョットに何もかも甘えて生きてきたのだ。
ただし、手紙は霧の精が定期的に運んでくれるというのでツナは安心して孤島に残ることにした。
孤島での生活は寂しかったが、何故か五大精霊が暇つぶしに代わる代わる遊びに来てくれるのでそこまで深い孤独を感じることは無かった。
雨は色んな島の話を聞かせてくれるし、嵐は他の島へ行くと必ず綺麗な花の種をお土産として持ってきてくれる。
霧はジョットに手紙を届けてくれるし、ジョットの手紙を運んでくれる。
晴は沢山の武勇伝があるし、雲は星の輝く夜に現われては星の欠片を集めてくれる。
皆小さな龍に愛を届け、優しさにまどろむ夢を捧げていくのだ。


ツナが蝶達と戯れていると、ふわりと大きく風が吹いた。
蝶達は散り散りになってしまい、ツナは一人空を仰ぐ。
誰か来た。風が通りすがりにそう伝えている。
ツナは北を向き、羽を動かし飛んでいった。この孤島に足を踏み入れるとしたら、北にある名無しの滝しかない。
何処から水が流れてくるのかは分からないが、どうやら居空間にワープ出来る空間が存在しているらしいと雲の精が以前溢していたのをツナは思い出した。
しかしそのワープポイントは五大精霊が孤島を守っているお陰で侵入者は許されないとも言っていたが、どうした事だろう。
力が何らかの影響で歪み、弱まってしまったのだろうか。
それとも、五大精霊の力以上の物を持つ誰かが、この孤島にやって来たのか。
いずれにしても安心してはいられない。
ツナは一生懸命小さな羽を動かして名無しの滝の流れる名無しの池へと向かった。











「ったく、予想を遥かに越えて時間が掛かったぜコラ」



名無しの池には大きな艇が浮かんでいた。
瀧の奥にあるワープポイントから流れ着いたのだろう。
艇から飛び降りた青年は金色の美しい髪を靡かせ、欠伸を一つ漏らした。



「当然でしょう。今まで居たところが遠すぎるんですよ。何ですかサイハテの島って」

「それもこれも、リボーンが魔法禁止区域で魔法銃をぶっぱなして法律無視したせいだな」



次にヘルメットを被った奇っ怪な男が顔を出し、艶やかな長い黒髪の女性がため息を吐く。
サイハテの島とは、罪を犯した生物の行き着く場所だ。



「仕方ねーだろ。一々細かい事言ってんじゃねーぞ」

「ム、全然細かくないよ。何寝ぼけた事抜かしてんだい」



その監獄島から解放されたばかりの青年達は孤島に降り立ち、辺りをキョロキョロ見渡す。
纏まりの無い服装の集団だ。
ツナはそんな彼らの様子を木の影に隠れて見ていた。
知らない奴等。
話している内容を聞く限り、あまり安全そうな奴等には思えない。



「そこか」

「………ッ!?」



チュインと嫌な音がして、ツナの頬をかすってキツい風圧が通りすぎる。
思わず驚き木の影から出ると、真っ黒な服に身を包んだ男が目の前に立ちはだかった。
男の手には魔法銃が握られている。
どうやら自分の気を弾にして打ち出すタイプの銃らしい。
ツナは目を丸くした。



「何だ、龍じゃねぇか」

「おいコラリボーン。所構わず銃をブッ放してんじゃねぇ。二の舞になんぞ」

「フン、知るか。それより見ろ、龍だ」



むんずとツナを掴みあげ、リボーンと呼ばれた男は金髪碧眼の男に向き直る。
ツナは恐怖に染まった。
何せ孤島は平和の象徴。加えてここに来る以前も敵の絶対に入らない屋敷に住んでいた為に、筋金入りのツナは箱入り龍なのだ。
怖がらない訳がない。



「先輩、龍はそんな持ち方しちゃ駄目ですよ。一応小さくても神聖なる生き物なんですから」



ヘルメットの男が聞く。
ちなみにどんな持ち方かと言えば、首根っこを掴んでブランとさせた持ち方だ。



「にしても龍か。この島は五大精霊全ての監視下が重なった唯一の島なんだが。貴様、どうやって此処に入り込んだんだ?」



今度は黒髪の美女が腕を組んで聞く。
ツナは縮み上がった。
怖い、怖い。
ちょう怖い。



「龍かい。闇ルートで売ったら高く売れそうだね」



フードの男が言う。
ブチりと嫌な音がして、ツナの恐怖が限界点を突破した。
すうぅ、と息を大きく吸い込み、口を大きく開ける。
ヘルメットを被った男がいち早く異変に気づいた様だがもう遅い。



「絶対に売られてなんかやらないんだからなーッ!!」

「「「「「!!?」」」」」



瞬間、辺りを包む業火。
ツナは口から火を吐き散らしていた。
小さくても龍だ。
持ち合わせている力を侮ってはいけない。
辺りの木がパチパチと音を鳴らして燃えている。
しかしそれにも関わらず、リボーンという男は口笛を吹いて見せた。



「すげぇ綺麗な火だな」

「透明度が高いね。結構な値打ちがつきそうだよ」

「つーか不可侵天然記念認定生物だったりすんじゃねーのかコラ」

「まあ有り得ない話じゃないですね。大体この孤島自体が不可侵領域だったりしますし」

「俺はまたサイハテに飛ばされるのは御免だぜ……」



炎の透明度はその生物の位の高さを表す。
ニヤリと不穏な笑みを浮かべた侵入者に、ツナは身の危険を更に感じた。
不味い、非常に。
ツナがどうするか悩んでいると、昔ジョットが教えてくれた教訓が脳裏に浮かんだ。
笑顔のジョットが言っている。
『身の危険を感じた時は、とりあえず人化しておけ。ツナは力の源泉みたいな物だからな。完成度も相当なもので、相手を簡単に騙せると思うぞ』と。
思い出したら実践する他無い。
ツナは人化するために集中力を高め、完成図を脳裏に描いた。
一番近しい人物を。
一番、近しい―――……



「ムッ、変型も出来るのかい?」

「ほー、中々やるじゃねぇか」



濃霧がツナを包む。
そしてその濃霧が薄れた頃に現れた姿といえば。



「随分とジョットに似てんなコラ」

「何だ、あの男の知り合いか」

「ジョットを幼くした感じですね。まあ此方のが可愛げありますけど」



言わずもがな、ジョットなのだが。
相手がジョットを知っているという有り得ない事実にツナは真っ青になった。
ジョットはその存在こそ有名であるが、顔は晒していないのだ。
人化しても効果がない。
寧ろ相手は呑気に雑談を交わしている。
一体そしたらどうすれば。



「知能は低いみたいだね。龍ってバレてる後で人化しても騙される訳がないじゃないか」

「ま、俺たちは騙されてやる程優しい奴等でもねーけどな」



ニィ、と笑われツナはヒクリと頬をひきつらせる。
未だにゴウゴウと燃える森を、金髪碧眼の男が指を一つ鳴らしただけで雨を呼び起こし鎮火させた。
雨の精でも無いのに、どうして。



「よろしくな、チビ助。俺達はアルコバレーノだ。同じ島民として仲良くやろうぜ」

「同じ……島、民…?」

「おー。本日付けで引っ越してきたんだコラ」



差し出される手。
ついていけない頭。
ニヤリと笑う美形軍団。



「い、嫌だーーー!!!」



本日付けで静かな孤島に新たな島民が加わった。
ツナの叫びが孤島に響く。
これが、小さい龍のツナと新世界の人柱であるアルコバレーノの出会いであった。



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