りく

□ドルチェの恋人
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フランスはロレーヌ地方、メッス。
毎年8月末に開催されるミラベル祭りは今年も例年に漏れず盛り上がっている。
綱吉はその様子を見て感嘆の声をあげ、リボーンは満足気に頷いた。
ただひとり、コロネロは先程の事件(コロネロの中ではとんでもない事件であった)をズルズルと引きずってコメカミを押さえている。



「凄いっ!俺こういうのテレビでしか見たことないよ!」

「そうか、良かったな」

「うん、ありがとう!リボーン、コロネロ!」

「お、おう……」



にっこり笑った綱吉は太陽の様に眩しい。
コロネロは再び戸惑いながらも、やっとの事で頷き返した。



「これだからウブは困るぞ。お前こういうのがタイプだったんだな」

「うるせぇ……俺も吃驚だコラ」

「まあ吃驚しているところ悪いが、ツナは俺の獲物だぞ。残念だがここは穏便に諦めろ、コロネロ」



ツナに分からない様に流暢なイタリア語で会話する色男二人は注目の的だ。
女性達からは黄色い声が漏れだしている。
しかしそんな事を気にするタマではないコロネロは、何かに気づいたようにリボーンに声を掛けた。



「……おい、リボーン」

「何だ?」

「そのテメェの肝心の獲物は何処に行ったんだコラ」

「ああ?何言ってやがる、そこに………」



居るじゃねぇか、と言いかけてリボーンは口をつぐんだ。
居なくなっている。
居るべきものが、忽然と。



「ああ、あいつテンションが上がったら周りが見えなくなんだな。一つ知識が増えたぜ」

「呑気に言ってねぇで探す努力をしろコラァ!!」



目の前に広がる人の群れ。
楽しそうで何よりだが、人探しとなると少々キツイものがある。



「しゃーねぇなぁ。見つけた方が先にツナを頂くってのどうだ?コロネロ」

「……のったぜコラ」

「決まりだな」



リボーンがニィと笑う。
コロネロが罰が悪そうにため息を吐いてから前を見据える。
キャア、とその様子に見ていた女性達は更に色めき立っていた。











「うぅ、しまった、また迷子になってしまった……!」



本日二回目の迷子。
綱吉はちゃっかり買ったタルトを食べながら辺りをキョロキョロ見渡していた。
如何せん緊張感がないのは綱吉が持ち合わせている特有の個性というものだろう。
四方八方フランス人に囲まれて泣きそうな綱吉は小学生にしか見えない。



「っ、わぁ!ごめんなさい!」



しっかり前を見て歩いていないからか、お約束で綱吉は人にぶつかって尻餅をついた。
しかも反射で日本語で謝ってしまったが、相手に伝わっていないかもしれない。
綱吉は慌ててパルドゥン、と言い直して相手を見た。



「あ、イケメンだ……」



目の前にいたのは、リボーン達と同い年くらいに見える顔とスタイルの良い青年。
ただ疑問を覚えるのは、ライダースーツを着ているところだろうか。
否、良く分からないけれどそういう仕事の人かもしれない。
それにしても今日は良くイケメンに遭遇する日だ。
綱吉は思わずじっと見つめている自分に気付き、邪念を振り払うかの様に首を横に振る。



「アンタ……東洋人か?小学生が一人で歩くもんじゃない。気を付けろよ」

「へ、日本語?」

「……ああ。日本人に見えたからな」



青年がそう言うと、綱吉は感激したように瞳を潤わせた。
ギョッと青年の綺麗な顔が嫌な予感に歪む。



「たぁすかったー!!俺小学生じゃないけど迷子なんだ!探すの手伝ってくれません?」



いやあ、良かった良かった!
そう一人でウンウンと頷いている綱吉は青年が逃げないよう、しっかり青年のズボンを摘まんでいる。
なんというか、厄介なやつに捕まってしまったと青年はその時絶望的な気持ちになった。
こういう場合は適当にあしらわずにとっとと相手の要望に応えてやるのが正解だ。
青年にはそういった厄介人間が先輩という面倒な位置に居たし、大体その先輩が引き起こす面倒事のお陰で面倒事には残念だが多少馴れていた。
つまり厄介人間の相手に馴れた、その道のプロである。不本意ながら。


青年はため息を盛大に吐いてから、スカルと名乗った。
聞いてみればイタリアから来たのだという。
フランスには、ちょっとした用事で。
ミラベル祭りには、偶々足を運んだらしい。
リボーン達との共通点の多さに、偶然というのは重なる物だなぁと考えながら綱吉は買ったミラベルを一つかじっていた。
先程のタルトはもうとっくに完食している。
周りではミラベルのブランデーを飲み交わして酔っぱらったオヤジ達が愉快にはしゃぐはしゃぐ。
まあ今日は祭りである。
無礼講なのだろう。



「全身黒のスーツの男と迷彩ズボンの男……って言ったか?今」

「うん。二人ともスッゴくカッコいいから一発で分かると思うよ」

「旅を一緒にしてるんじゃなくて拉致られてるんじゃないのか、それ……」

「そうかな?まあ二人とも怪しいっちゃあ怪しいけど賑やかだし、楽しいよ」

「アンタの拉致の基準は何だ!?」



無論、楽しいかそうでないかである。
頭が弱いのは治しようがない。
スカルはうわぁ、とドン引きしつつミラベルをパクつく綱吉を眺めた。
種だけが残って、ペロペロと果汁の付いた手の平を舐めている。
小さな赤い舌が指の先を這う。
伏せられた長い睫毛―――……。



「あっ、スカル!」

「ッ、な、何だ?」



いきなりバッと上げられた顔にどぎまぎしてしまう。
なんというか、少しズレた方向に進んで行ってしまっていた。
スカルは無性に危機感を感じたが、綱吉にちょいちょいと服を引っ張られてそれも早々に吹き飛んだ。



「あそこにミラベルのジャムが売ってる!」

「お、おい、引っ張るな!」


きゃー!と宛ら女子のように騒ぐ綱吉に手を取られながらスカルも渋々付いていく。



「うっわ、凄い美味しそう!お土産に良いなぁ」



ほぅ、とうっとり瓶の中のジャムを見詰めながら綱吉は息を漏らす。
スカルはどちらかといえば甘味は余り得意ではないので、興味無さげにその様子を見ている。
そして何となくジャムに群がっている他の人間に目を向けた。



「「………あ、」」



目深に被ったフード。
不自然である格好なのに、皆気付かない異様さ。
への字に曲がった口。
見覚えがある。
非常に。



「……バイパー」

「ムッ、まさかこんな場所でお前に会うとはね。そのガキは誰だい?カルカッサお得意の臓器売買の被害者?」



知らない内に臓器売買がお得意とされていたがスカル自身にそんなつもりは全くない。
悪どいカルカッサの組員が隠れもしないでなにやらやっているのだろう。
大きく規律正しいボンゴレと違い無法地帯であるカルカッサはボンゴレから嫌われている。
バイパー、と呼ばれたこの男は一応はボンゴレの組員であるから元が非道な男であるにしても気に食わないに違いない。



「いや、リボーン先輩とコロネロ先輩の……連れ?らしいぞ。どうやら二人とこの祭りに来てはぐれたらしい」

「ムムッ、あいつらの連れ?このガキが?」

「詳しくは知らないが迷子になってる所を拾われてこれから一緒にフランス菓子巡りをするとか何とか」

「ああ、甘い密に毒だと知らずに突っ込んだ只の東洋人のバカなガキかい。全く、あのクソヒットマンは何を考えてるんだか」



二人して綱吉がジャムの瓶に太陽の光を当てて楽しんで眺めているのを横目で見ながら、リボーンの悪口を言っている。
綱吉は一切知らない事だが(当たり前だ。出会ったばかりの相手にそこまで話すやつはただの馬鹿だろう)リボーンとコロネロは裏では超有名なヒットマンであった。
フリーだった二人が何の理由あってか組んだというのだから驚きだ。
噂によると片っ端から悪どいマフィアの殲滅に当たっているというが、そう考えるとカルカッサも非常に危ないものがある。
スカルは日々身の危険を考えながらも、頭の片隅にそうなったらどうカルカッサを辞めてやるかということを常に置いていた。



「で、お前は何しにミラベル祭りに来たんだ?」

「ただの暇潰しだよ。僕は甘いものに目が無くてね。ミラベルも好きだし、一度来て見たかったんだ」



〈甘いものに目がない〉。確かにそうだったかもしれない。
スカルはどうでもいい事と判断して端に追いやっていた記憶を掘り起こした。
そこで今までジャムを眺めていた綱吉がその言葉に反応してガバッとバイパーの方に顔を向ける。
これには流石のバイパーもビクリと僅かに肩を揺らした。
生憎表情の方は(フードを被っているから目は元々見えないが)変わらなかったが。



「甘いもの好きなんですか!?」

「ム……まあね。ああ、フランス菓子巡りの途中って事はお前も甘いものが好きなのかい?」

「はい、とっても!」



それからリボーン達が迎えに来るまでの30分間、バイパーと綱吉による甘味談義が始まってしまい、スカルは甘味を食べていないのに胸焼けを起こした。
楽しそうにしているバイパーを見るのは金を数えている時以来だ。珍しい。
それにしても初対面の相手にここまで。
綱吉という人間の頭の中は砂糖菓子のように甘そうだが、何か不思議な、そう、例えば人を惹き付けるような魅力を持ち合わせている。
スカルは綱吉を同時に発見して賭けが無効になった腹いせによりリボーンとコロネロに殴られながら、そんな事を思っていた。



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