りく

□ドルチェの恋人
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世の中には沢山の甘味があり、大多数の人間がその甘味に憧れ、癒され、魅了され。
とにかく、甘味というものが人間が生まれてからずっと息づいて来たものにはかわりない。
つまり、甘味は人間と共にあり、どの時代どの国を見てみても甘味抜きには語れないのである。
例えば有名なのがフランス王紀であるマリーアントワネット。
彼女が言った有名な言葉に「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」というものがある。
因みにこの無きパンの代わりに食ったらいいんじゃないかとオススメされた菓子はブリオッシュであり、王冠に似た形が何とも言えない代物だ。
日本で言う織田信長だって南蛮菓子のカステラやチーズケーキを好んで食べていた訳であるし、甘味が嫌いな人もいるけれど、やはり人間と甘味は切っても切り離せない関係なのである。


と、少なくとも沢田綱吉は考えている。
そんな彼は只今23歳であり大学最後の夏休みを自分探しの旅に当てていた。
彼が現在立っている場所は日本から大きく西に飛んでヨーロッパはフランス。
これからヨーロッパの7つの国のお菓子を食らいつくそうという訳だ。
ヨーロッパは菓子の国。
甘味好きな綱吉にとっては夢の国。
しかしそんな夢の国で、綱吉は早速迷っていた。




「どどどどど、どうしよう!」



地図なんてのは文字も読めないから開くだけ無駄。
看板も読めなければ言葉も通じない。
辺りを見渡せばファンシーなメリーゴーランド。
可愛らしい子どもたちが可愛らしい笑顔できゃあきゃあきゃぴきゃぴ騒ぎながら乗っている。
全くこちらの気も知らないで。
綱吉は涙目で唇を噛み締めた。
憧れていた石畳も、壁を伝う蔦も、レトロな街灯も、余所者の綱吉をバカにしているようで凄く居たたまれない。



「うぅぅ……甘味にありつく前に挫けてる、俺」



嗚呼、愛しのフランス菓子。
フランスに来たら食べようと思っていたラデュレのマカロン、ホテル・リッツのフルーツタルト、ジャン・ポール・エヴァンのサフィ、ル・ムール・ア・ガトーのマントン、ラ・メゾン・デュ・ショコラのエクレア。
他にも沢山のお店と沢山の甘味との出会いが待っているかも知れないというのに!



「お前全部口に出てるぞ。まあ俺様は全部制覇したがな」



フッ、と見下したような笑いと共に後ろから掛けられた声。
【全部制覇した】という衝撃の事実を突きつけられて綱吉が振り向けば、そこには黒い帽子に黒いスーツ黒い靴の(流石にシャツの色は違うが真っ赤だった。しかしネクタイは黒だった)男が立っていた。
因みにイケメンであり、そのスタイルの良さに綱吉は生きているのが、この男の視界に入っているのがとてもとても申し訳無くなった。



「食うか?プラリーヌ」



ボリボリと何やら手に持ちむさぼり食っていると思えばプラリーヌ。
プラリーヌとは煮詰めた糖液にアーモンドなどのナッツ類を加えて絡めたものであり、フランス人の良く知る菓子である。
しかも男が持っている箱を良く見てみると【MAZET DE MONTARGIS】の文字。



「モンタルジーのプラリーヌっ……!!」



綱吉は手を胸の前で組んで瞳を輝かせた。











迷子の綱吉を乗せたフェラーリがフランス国内をガンガン進む。
お堅い日本人の綱吉を拾い餌付けに成功した男は助手席で缶のワインを優雅に飲んでいた。
彼の名はリボーン。
自称美食家であり、現在とある仕事でフランスに滞在しているらしい。
そしてこのお高いフェラーリを運転しているのが、コロネロという迷彩ズボンに黒のタンクトップとリボーンと対照的過ぎる男だ。
コロネロは品のあるリボーンとは違い、なんというかガテン系であると綱吉は一目で判断した。
だが顔の方はといえば、おとぎ話に出てくる王子様かのような美しさ。
綺麗な金髪に、宝石のような真っ青な瞳。
口調はと言えば、服装と同じでぶっきらぼうであったけれども。
因みに二人とも日本語がペラペラなので綱吉はビックリしてしまった。
下手したら綱吉よりも口が達者かもしれない。



「モンタルジーのプラリーヌの発祥は17世紀に遡る。フランスはサントル地方のプララン公爵に仕えていたコック、クレマンがある日ヌガーの型の底についていた焦げた砂糖をアーモンドを食べながら取り除こうとしていた。そこでヘラについた砂糖を少し舐めてみたら口内のアーモンドとのハーモニーがめちゃくちゃ良かったって訳だぞ。プラリーヌという名前の由来はプララン公爵がボルドーに招かれた際この菓子を食ったボルドーに、って……聞いてんのかテメェ」



ワインを煽りながら青筋を立てたリボーンはバックシートを見た。
バックシートでは綱吉がリボーンから貰ったモンタルジーのプラリーヌをバリバリモグモグ必死に食べている。



「あ、はい、凄く美味しいです!」

「全然聞いてねぇじゃねーか」



しょうもない返答をした綱吉にリボーンはため息を吐いて再び正面を向く。



「どーすんだあの東洋人」



チラ、とコロネロがミラーを使い綱吉を伺い見る。
リボーンはニィと笑って見せた。
これはロクでもない事を考えている時の顔だ。
腐れ縁のコロネロはこの顔を幾度となく見てきた。
幾度となく見てきたが、毎度毎度どうしようもない結果に終わっている。



「フランスのポルトモネファミリーの殲滅が今回の俺たちに課せられた任務だぞコラ。テメェ忘れてんじゃねーだろうな」

「勿論覚えてるぞ。ただ折角フランスに来たんだ、それにいい暇潰しも見つけた訳だしな。ポルトモネみたいな雑魚は一日あればどうにかなる」

「まーそうだけどよ」



腑に落ちねぇ、と眉を潜めたコロネロを尻目に、リボーンは鼻歌を歌い出す。
随分と上機嫌の様だ。



「なあ、ツナ」



綱吉、言いにくいので略してツナ。
早速あだ名呼びになったところで、リボーンはツナに呼び掛けた。
綱吉は漸くプラリーヌから手を止めてリボーンを見る。



「丁度この近くにあるメッスでミラベル祭りが開催されてんだ。寄ってかねーか?」

「ミラベル?」

「おー。ミラベルってのはタルトやジャム、ブランデーやリキュールで使えるようなスモモの一種だぞ」

「タルト……!」



綱吉は甘味に飢えていた。
何せこのヨーロッパ甘味旅行の為に3カ月の甘味断食に成功していたのだ。
たった3カ月と人は笑うかもしれないが、綱吉にとっては大事なのである。



「テメェリボーン!!祭りに行きたいが為にコイツ乗せたのかコラ!」

「うるせーなぁ、テメェが祭りなんて興味ねぇとか訳分からねー事抜かしてっからだぞ」

「ったりまえだコラ!!何が悲しくて野郎二人で、しかもテメェと一緒に祭りなんて行かなきゃならねーんだよ!」



前でワイワイギャーギャー言い出したリボーンとコロネロに目を丸くした綱吉だが、少しすれば再び脳内はタルトの三文字で満たされていた。
コロネロの肩を叩いて振り向かせ、ズイッとバックシートから身を乗りだし顔を自ら近づける。



「おお、積極的だな」



リボーンが口笛をピュウと吹いた横で、コロネロは嫌な汗をかいていた。
顔がやたら近い。
それに甘い匂いがする。
清んだ琥珀色の瞳は好奇心に濡れていて、見入ってしまえばハンドル捌きを間違えてしまいそうになる。



「コロネロ!さん!」

「……何だコラ。コロネロでいいぜ…」



瞳を長い睫毛と共にパチパチさせた綱吉の瞳からはキラキラと今にも星が出てきそうな程に眩しく輝いていた。
ぐっ、と更に息詰まるコロネロだ。



「コロネロ!ミラベルのタルト食べたい!!」



あまりにあんまりな決定打。
リボーンが「落ちたな」と呟いたが、コロネロには聞こえていなかった。
必死そうな綱吉の顔。
比喩ではなく、息のかかる距離。
コロネロの顔は真っ赤だった。



「ツナ、そいつの頬にキスして更にねだれば何でも言うこと聞いてくれるようになるぞ」

「えぇー?」

「ッ!!クソッ、行けばいいんだろ、行けば!!行ってやるぜコラ!!」

「安全運転で宜しく頼むぜ」



強く踏まれるアクセル。
並列して走っている車をどんどん抜いていく。
台風の目である綱吉はいきなりのスピードアップに顔を青くして引力によりバックシート強制逆戻りを果たしたが、コロネロの脈拍もとんでもない早さになっている事に気づいていない。
変な東洋人を拾って、幸先不安になったコロネロであった。



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