りく

□猫達の祝祭
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「………、………」

「………………」



会食はすでに始まっていた。
始まって、20分程過ぎていた。
無言による気まずい空間は、白蘭が遅れて出てきた事により訪れた。というよりも、詳しくは白蘭と、その横にいる綱吉のお陰で。



「「……オイ」」



不本意ながらにスカルと正一がハモってしまったが、お互い気にしている暇はない。
スカルの横ではコロネロが、国王の横ではラルが綱吉の登場に疑問符を大量に浮かべていた。
何故だ。
何故綱吉が此処に。
というよりも、何故敵になりうるであろう国の王と共に現れるんだ。
スカルは頭が痛くなるようであった。
この分だと、会食時は影として国王の護衛につくようにと頼んであるあの男が確実に黙っちゃいないだろう。



「オイ、ダメツナ。なんでそんなヤツと一緒に居るんだ?」



黙っちゃいなかった。
影であるのに堂々と顔を出し、綱吉の頭をゴツンとゲンコツで殴っている。
あの男は如何せんフリーダム過ぎるのだ。



「フェスティバルデートを断った上で俺様が泣く泣く仕事に出掛けてる時にお前は呑気に浮気か、あぁ?」

「はぁ?お前一々大袈裟なんだよ誰も浮気なんてしてないだろー?」



加えてブーブー文句を垂れている綱吉も最近フリーダムになってきたのだが、完全にリボーンに染められているのが目に見えて分かった。



「ちょ、白蘭さん貴方何処行ってたんですか?!いきなり消えたと思ったら何処の子拐って来たんですか貴方は!」

「もー正チャン人聞き悪いなぁ。遅刻した代わりにアップルパイ買ってきたから、後で皆で食べようと思って。あ、で、コレツナちゃんね。アップルパイ作ってくれた子で、僕の一目惚れのお相手ー」

「「はぁあ?!」」



今度は正一とリボーンがハモっている。
但し正一からは呆れが、リボーンからは殺気が、それぞれ白蘭に向けられた。
完全に此方側は放置である。
国王なんかは綱吉が出てきた時点で気分を害し(そりゃ自分の地位を奪ったといってもいい人間だ。害さない方がオカシイ)更に相手国の白蘭と親しそうにしているのを見てポカーンと間抜け面を晒していた。



「オイ、一体どうなっているんだ?」



今まで国王の護衛に徹していたラルがスカルの元に来て問う。
コロネロの蒼い瞳も、スカルに事情を聞かせろと睨みを利かせていた。
バイパーも一人だけ仕事をしているのが馬鹿馬鹿しくなったのか姿を現し、溜め息を吐いている。



「こっちが聞きたいくらいだ、が。どうやらツナが個人的に白蘭と接触して気に入られたらしいな」

「はぁ?アイツはよくも飽きずにトラブルを引っ掛けてくるモンだぜコラ」

「そういう才能なんだろう。ツナは不思議な人間だからな」

「ム、不思議っていうか奇怪っていうか。珍動物には変わりないけどね」



ギャーギャーと台風の様な4人から少し離れたところで好き勝手に雑談している元処刑人兼護衛。
国王はちょっぴり泣きたくなった。
仲間外れにも程がある。



「テんメーダメツナ!!あれだけ変な物は引っ掛けるなって言ってるだろーが!!」

「変なのじゃない!お客さんだっつってるだろ!!お前は人の話を聞けー!!」

「ツナちゃんの恋人って、元処刑人のリボーンだったんだ」

「え、リボーン知ってるんですか?」

「知ってるよー。そりゃ有名だもん」

「へぇー、ふぅーん」

「どうだツナ、惚れ直したか?」

「いや、大して」



けろりとしている綱吉にリボーンは青筋を立てている。
しかしさりげなく綱吉と白蘭の間に割り込み綱吉に手を触れさせまいとしている姿は流石だろう。
白蘭の愉快気な笑みに歪められた瞳とリボーンの漆黒の瞳が交差する。
一瞬氷点のような温度が生まれたが、それは直ぐ様消し去られた。
お互い静かに威嚇しているのだ。



「あ、そうそう。そこで君達に朗報があるんだけど」



クツリ、と喉を鳴らす白蘭に先程のおどけた気配は無い。
リボーンも無表情に戻っているし、スカル達も静けさを纏い白蘭を見据えていた。
急激な雰囲気の温度変化についていけていないのは、国王を含めたスカル達以外の王宮の人間と綱吉のみだ。
緊迫した空気を読み取り、首を傾げている。



「僕、本当はこの国を貰うか潰すかしに来たんだけどさ」



白蘭の横で、正一が眉を潜めた。
この国王、一体何を言い出すつもりなのだろうか。



「ツナちゃんが一生許してくれないらしいから、またの機会にするよ」



気分屋の国王がニコリと笑い、綱吉にウインクをする。
それを綱吉はキョトンとした表情で見ていた。
どうやら未だ意味がわかっていないようだ。
リボーンは呆れを含んだ視線を綱吉に向け、それでも頭をポンポンと軽く叩き撫でてやった。
変わって正一の方はムッとしている。
だがここで感情に飲み込まれる愚かな事はしない。
瞬時に白蘭に対する怒りを沈め、スカルの方に向かい直り口を開く。



「じゃあ、アップルパイもあることだし。会食を再会させましょうか。ツナくん、貴方も是非ご一緒に―――……」













「あービックリした」



まさかあの客がミルフィオーレの国王だったとは。
綱吉は王宮からの帰り道ぼそりと漏らした。
その横で、リボーンが片眉をあげている。



「お前、凄いな」

「何が?」

「色々とだ。更に目が離せねーぞ」



裏路地を二人で歩く。
賑やかなフェスティバルはもう終りを告げ、路上に出されていた店が片づけられて行く。切ない。
それを横目で見ながら、リボーンは綱吉の手を握った。
綱吉もリボーンの手を握り返しクスリと微笑んでいる。



「リボーン、割りと本気であの時白蘭さん威嚇してただろ?」

「フン。ああいうのはつけ上がらせたら手におえなくなんだよ」

「ふーん」

「何だ」

「いや、別にー」



クスクスと肩を揺らす綱吉は、子供の様に口元を押さえて見せた。
無邪気なものだ。
リボーンを見上げてくる綱吉の琥珀色の甘い瞳が、本当にそれだけ?と訴えて来ている。
リボーンはそんな挑戦的な綱吉の顎を捕えて、チュウと半ば強引に口付けを交した。
人気のない道だ。
誰も見てやしないだろう。



「全く。俺が浮気なんてする訳ないだろ?馬鹿だなぁリボーンは」

「どうだかな」

「デート断った事、まだ怒ってるのか?」

「さあ」

「今日はリボーンが好きな卵たっぷりフンワリオムレツなのになー」

「………マジでか?」

「リボーンが今日仕事を頑張ったご褒美」



えへへーと緩く笑う綱吉を、リボーンは背後から強く抱き締めた。
本当は不安だったのだ。
人間の心というものは代わり行くものでとどまるという事を知らない。
綱吉はそうじゃないと信じていても、孕んだ不安は中々消えてはくれないのだった。
最後にはオセローの様に愛しき妻を嫉妬心から殺してしまうだなんて。
そんなのはお断りであるのに。



「だがいくらお前でも不信感は持っただろ。王宮まで連れて来られてんだ。なんで抵抗しなかった」



リボーンのその問いに綱吉はんん、と言うか悩んだ後でチラリとリボーンの様子を伺う様にみた。
しかしリボーンが構わず促してくるので、綱吉は吐息を漏らし理由を話出す。



「あの人が店に入って来た時、お前と初めて会った時の事を思い出したんだ」

「ああ?」

「あの人、処刑人やってた頃のお前と何だか似てたんだよ。だから放っておけなかっただけ。まるで猫みたいだ。飼い主を求める野良猫。そりゃ王宮に連れてかれたのはビックリしたけど、王宮にはスカルもいるし大丈夫だと思ったから」

「フン、そうかよ」

「そーなの。ま、当時の事なんて俺も人のこと言えないけどさー」



あの頃は孤独で、無意識の内に誰かを求めていたのだ。
リボーンも、自分も。
だから白蘭の孤独が分かったんだと唇を尖らせる綱吉は、何処か哀愁を背負っていた。
今が幸せでも、忘れられない過去があるのは変わらない、これからも変わりようがない事実だ。



「ツナ」

「んー?」

「いんや、何でもねー。俺は腹が減ったぞ」



繋いだ手が温かい。
ただ重ねていた手を、指を絡めて更にきつく繋ぐ。
自分の手よりも幾分か小さい綱吉の手。
リボーンは手を口元に持って行き、綱吉のその甲に唇を落とす。
綱吉はそれを受けて擽ったそうに肩を揺らしキャタキャタと笑って見せた。
お互いに首輪を付け合い、鎖を繋ぎ合い、二匹の猫はじゃれ合いながら進むのだ。








迎えの馬車に乗り込む。
後ろで不機嫌を蓄えている正一に白蘭は苦笑いを漏らした。



「いいんですか」

「何がー?」

「とぼけないで下さいよ。あんな少年ひとりの為に国をひとつ捨てるだなんてどうかしてる」

「そうだねぇ」



呑気な白蘭の受け答えに正一は無表情でそれを受け止める。
この国王に何を言っても、彼が決断を下した後ならばもうどうしようもないのだ。
ただその理由が知りたかった。
今回の答えは、いつにも増して身勝手すぎる。
国王補佐として、というよりもひとりの人間として許せない。



「あの子は特別――……。信仰心の無い僕も、彼になら祈りを捧げてもいいかなってさ」



言葉では表せない。
春の日溜まりのような、そう、まるであれは天使かマリアか。
慈悲深き人間だ。
飼いたい。飼われたい。
そんな願望を抱いたのは生まれてこの方初めてである。
愛を知らない白猫は、愛を知ったチャトラに出会った訳だが。



「まさか飼い主がもう居るとはね。地味にショック」



あの黒猫。
どちらが飼われているかは定かではない。
しかしきっとお互いに飼いつ飼われつなのだろう。
だが猫の故郷が無くなれば、きっともう猫は帰って来ないだろうから壊さないでおくのだ。
また会いたい。
また会って、また自分のために何かパイを焼いてほしい。
あの後食べたアップルパイは上々の味であった。
優しい味。
彼の瞳の様なハニーが染み込んだアップル。
思い返せば、彼の柔らかい自由な猫っ毛の髪色とシナモンは似ているような。



「そんな我が儘が出来るのは、今回で最後だと思って下さいね」

「はいはい。正チャンは厳しいからなー」

「誰かさんが国をまとめようとしないからでしょ。使える才能、無駄にしない方が得ですよ」



フンと正一が鼻を鳴らしたのと同時に、馬車が地を蹴る。
白蘭は窓の外を眺めながら、ニィと口元をゆるめた。
どんどんと王宮が遠ざかって行く。



「また会えるかなぁ、ツナちゃん、綱吉くん……クククッ」



次に会った時は、マシュマロのように柔らかそうな頬に触れてみたい。
そんな事を考えつつ、白蘭は自国へと帰っていった。









「はっくしゅん!」

「風邪か?」

「いや、何か今寒気が……」




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