りく

□猫達の祝祭
2ページ/3ページ




えーと、えーと。
小さなメモ用紙を眺めながら、頼りなく歩く少年を見つけた。
その少年は走ってきた子供にぶつかられても怒らずに、むしろその子供の心配をしている。
(ふーん、変わってるなぁ)
白蘭はニコリと笑って、その少年の後をつけてみた。
別に幼児趣味な訳ではない。
ただ、あの狭い狭い世界の中に偶々入り込んだこの少年から、甘く芳ばしい香りがしたのだ。
白蘭はそれに惹き付けられた。
その少年はメモ通り、何やら買っている。
一体何を作るのだろうか。



「ツナちゃん!アンタ今日も買い出ししてんのかい!」

「はいー、ちょっとばかし必要になったもので」



びっくりだと目を見開く卵屋の、肉付きのいい女主人にヘラリと笑いかける少年は、どうやらツナちゃんという様だ。



「フェスティバルなのに、ご苦労な事だねぇ」

「別に今日は商売の為じゃないんです。なんというか、個人的に」

「へぇ?あの美丈夫にかい」

「い、いいいいやっ?!ち、違いますよ!やだなぁもー!」

「もう、ツナちゃんたら顔真っ赤!嘘吐くの下手だねぇ」

「うぅぅ…!卵6つください!!」

「はいよ」



卵屋の主人にからかわれながら卵を受取り籠に入れた少年は、赤く染まる頬を必死に押さえている。
その様子はなんとも可愛らしく、白蘭の心を無意識の内に踊らせた。
どうやら見た目や香りだけでなく、中身も甘そうな少年。
まるで、ふわりと口にしたら溶けてしまう砂糖菓子の様だ。
(もっとつけてみよう)
更につけて見ることにした白蘭は、少年の後をノコノコとついて行く。
相手は一般人。
気配を消すまでもなく、白猫は気分高らかに足を動かした。
裏路地を通り、青空がせばまる道を行き、最終的に小さな洋菓子屋の前で少年は足を止める。
そして鍵を開けて彼はスルリと中に入って行った。
(洋菓子屋……?)
白蘭は入り口から中を伺う。
ガサゴソと先程買った卵を籠から取り出し、大きな冷蔵庫の中に入れている。
あの卵で何を作るのだろう。
パンケーキか何かだろうか。
白蘭はチロリと唇を舐めて、ドアノブに手をかけた。
ドアがゆっくりと開き、白蘭を店へと招き入れる。
少年はドアの開く音に反応して振り向いた。



「ごめんなさい、今日はもうやってないんですけど……」

「ああ、そうなの?」



白蘭を見るなり困った顔をした少年を無視し、カウンターにつく。
すると少年は首を傾げ、拒否の言葉を投げ掛けようとする。
それを手を伸ばし制して、白蘭はニコリと笑った。



「何か、ツナちゃんのオススメがいいなぁ」

「えっ、へっ?あの、名前……何で、何処かでお会いしましたっけ?」

「さて、何故でしょー?」



クツクツと笑う白蘭に、少年は更に困った顔をする。
分かりやすくていい。
普段腹の中で何を考えているのか分からない人間を相手にしてる分、この手の人間は新鮮だ。
入江正一だって頼りにはしているが心から信じている訳ではない。白蘭が信じる物は己と、甘味だけ。
甘味は裏切らないのである。



「オススメ、ですか?」

「うん!」



まるで子供の様に頷く客に少年、もとい綱吉はふふっと思わず笑ってしまった。
来てしまったのなら仕方がない。恋人が新調してくれたエプロンを素早く付け、作業に取り掛かる。
淡い橙の、シンプルなデザイン。
ポケットはチェックになっており、少々女物めいているがプレゼントしてくれた当人は「エプロンなんてのは皆そんなモンだぞ」と仰ってくれた。が。
その当人のエプロンは黒の更にシンプルなヤツであったので、とりあえず綱吉は言えるだけの文句を投げつけておいた。
水で手を洗い、そんなエプロンで手を拭く。
そしてそのままパイ作りに取り掛かった。
パイ生地は昨日困らない程度に作っておいたのだ。
そこにシロップに浸しておいたアップルを取りだし、敷き詰める。上にパイ生地を被せ、少しシナモンをまぶしてから焼けば当店特製アップルパイの完成だ。
パイが焼けるまでの間暇が出来てしまうので、綱吉は紅茶かコーヒーどちらにしますかと白蘭に聞く。



「ホットミルクが良いな。蜂蜜も入れてね」

「はぁ、分かりました。お客さん、本当に甘いものが好きなんですね」



普通ケーキと一緒に頼むなら甘すぎずな飲み物を頼むと思うが(だがそういえば常連客の中には甘いミルクティを頼んでいく人もいる)まあ、エスプレッソを頼んでおいてケーキを食べ甘い甘いとホザくどこぞの誰かさんよりはマシだろう。
綱吉は本気で何度かその人間に対してなら何で洋菓子屋続けてんの?とキレかけたが、原因は自分にあると分かっているので(所詮惚れた弱味という物だ)未だ彼は洋菓子屋を続けている。



「ツナちゃん、何才?ここ一人で経営してんの?」

「こう見えても俺結構良い年なんですよ。前までは一人でしたけど、今は口の減らない手伝いが一人増えました」

「へぇ、で。何才?」

「皆大袈裟に驚いて帰るんで内緒にしてるんです。もう言わない事に決めましたから、貴方にもお教えできません」



カウンターに乗り上げて聞けども、綱吉はニコニコ微笑むだけ。
意外と頑固だ。
そんな綱吉に白蘭はふぅんと瞳を細め、次なる質問を弾き出す。
その間にも、綱吉はミルクを鍋に入れ沸騰させたりと手を休めない。



「じゃあ、恋人は?」



くすり、と微笑みを見せれば綱吉の顔がボフンと音を立てて一気に赤くなった。
白蘭は内心で笑いたくなったが堪える。
分かりやすいにも程があるだろう。
自分では結構良い年と言っておきながら、かなりのウブ加減。
(かーわいいなぁ)
無意識の内にニコニコしてしまう。



「い、いますけど……」

「へぇー、羨ましい」

「えっ、お客さん格好良いのに恋人居ないんですか?」



勿体ない、と呟く綱吉に、白蘭は苦笑いを浮かべた。



「いや、そーじゃなくてさ。ツナちゃんの恋人が羨ましいなって。僕今独り身だから嫉妬しちゃうなぁ」



独り身の方が楽だけど、と心の中で付け加える。
国王なんて職業についていると、面倒事ばかりが増えるのだ。
交際関係なんてのはその中心みたいなもの。
関係の無い女が現れて自分の子は貴方との間の子だと騒ぐケースは少なくない。
だが男ならそんな事にはならないだろうし、男色家では無いが綱吉ならば問題皆無だ。
恋人も引き剥がしてしまえば問題ないだろう。



「ねぇ、ツナちゃん」



パイと林檎の香ばしい香りが漂ってくる。
もうすぐで出来上がりそうだ。
白蘭はたったつい先程出来上がったハニーミルクを飲みながら綱吉を見た。
多分これが最後の質問になる。



「ミルフィオーレって国、どう思う?」



最近武力も備え、他国から恐れられ、また羨望の眼差しを向けられる位置にもいるミルフィオーレ。
知らないという事はないだろう。
綱吉の回答次第では今すぐ連れ帰ってもいい。

しかし。予想に反して、綱吉の表情は一変。
曇ったものとなり、眉間には皺が寄せられ長い睫は伏せられている。



「ミルフィオーレって、最近武力での活躍が著しい国なんですよね?」

「うん」

「俺、あまりそういうのは好きじゃないんです」



キッパリハッキリと白蘭に告げた綱吉の瞳は持ち上げられ、意思の強い光が宿っていた。
白蘭はその光に、密かに息を飲む。
綺麗な光だ。



「誰かが傷付くのは絶対に嫌なんです。俺、だから……ミルフィオーレがもしこの国を攻めてきたら、一生許さないと思います」



幸せは、幸せのままでいい。
欲望は出さずにしまって置くのが喜ばしい。
実に平和主義者、というよりも平和ボケに近いその考えに白蘭は一瞬意表を突かれたが、すぐに表情をいつもの微笑みに戻した。
許さない、か。
そう言われたのは初めてだ。
けれど嫌な気はしない。

プス、と何だかおかしくて白蘭が吹き出すのと同時にチンとオーブンが音を立てた。
どうやらアップルパイが出来たようである。
チラリと壁にかけられた控え目な時計を伺えば、もうすぐ会食の時間だ。
(ツナちゃんを正チャンに会わせたいなぁ)
アップルパイをオーブンから取り出す綱吉に、白蘭はいい事を思い付いたとばかりにポンと手を叩いた。
丁度良い。遅刻の手土産ついでに、この子も一緒に連れてってしまおう。



「ねぇ、ツナちゃん。そのパイお持ち帰りにしたいんだけど。出来る?」

「えっ?ハイ、出来ますけど……」



急な申し出に目を丸くした綱吉は、それでもいそいそと箱を作り出した。
白い箱の中に、出来立てのアップルパイがしまわれて行く。



「それでもうひとつ頼みたい事があるんだけど。僕、帰り道分からなくなっちゃったんだよね。広場まで、道案内頼めるかな?」



ニッコリと有無を言わさぬ笑み。
正一がこれを見たならばまた良からぬ事を考えて、と身構えたかも知れないが。
生憎綱吉は馬鹿正直で素直であった。



.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ