りく

□猫達の祝祭
1ページ/3ページ




鮮やかな鐘の音が響き渡る午後。
空には何十もの鳩が群れを成して飛び、元処刑台の上には道化が一人。
手品か何かをしているようで、その下に集まっている子ども達が、わぁ、だか、おぉ、だか時折声をあげていた。



「本日はフェスティバルな訳ですが――……」



たくさんの人々が愉しそうな笑い声を交えて各々過ごしている。
街は華やかだ。
子どもは自由に走り回り、大人達はここぞとばかりに商売を盛り上げる。
数年前まで処刑制度を行っていた国とはまるで思えない。
否、たった数年で国をここまで蘇らせた驚異は目を見張る物だ。
目を見張る物だからこそ、見過ごす訳には行かない。

入江正一はこの国よりさらに東に位置する国、ミルフィオーレ国より来た。
ただ単にフェスティバルを楽しむ為に来たのではない。
今日は国王への顔見せに来たのだ。
非同盟国ではあるが、非戦争主義を掲げているこの国にとって他国に愛想を振り撒く事は大切。
故にこうしてお招きされたのである。
この国を仕切っているのは最早国王ではない。
その裏で糸を引いている男がいる。
それがスカルという男。
正一は彼に注目していた。
スカルは以前処刑人として腕を奮っていたらしい。
よって食えない男には違いないだろう。
ミルフィオーレは漸く勢力を上げてきたのだ。
どうせならここらでいくつかの国を狙っておきたかった。



「白蘭さん、マジで楽しんでどうするんですか?」



逆光で正一の眼鏡がギラリと光る。
そしてその隣で街の商人からマカロンを買った白蘭と呼ばれた男がキョトンとした表情で正一を見た。



「トーゼン。せっかく来たんだから楽しまなきゃソンでしょ?正チャン人生ソンしてるよ」



ニコニコと笑い出した白蘭に、正一のこめかみに筋が入る。
さて、この国を支配下に入れたいと仰ったのは何処の何方であっただろうか。
まぎれもなく、マカロンのチョコを口の端につけたこの男ではなかったか。



「だぁあああ!!貴方はもう少し自覚を持って下さい白蘭さん!これからこの国の国王との会食があるんですよ!?そこにスカルとかいう参謀も顔を出すらしいから一緒に来て見てみようよって仰ったのは貴方でしょうが!」

「まーねー。でもあまり派手にしすぎて目立つのも嫌だからフェスティバル中は街に上手く溶けこんでって言ったのは正チャンでしょ」

「馴染みすぎです白蘭さんは!!緊張感削がないで下さいよ!!」



キーキー怒る正一を尻目に、街に溶け込む為に王服を脱ぎ捨て完全に一般市民化した白蘭はマカロンを口へ放り投げる。
味はまあまあ、というよりもそこそこ。
実に残念だ。
甘味が上等ならば、第一支配下に入れてあげられるというのに。



「いいのいいの。今日は下見だしさ。正チャンもそんな力まなくていいって!」

「あのねぇ……そういう問題じゃないですって。白蘭さん、貴方気付いてますか?」



呆れた様子の正一は、白蘭に真剣な目を向ける。
気付いていないも何も。
白蘭はニッコリと笑って見せた。



「鐘楼の所と王宮の所に居るね。彼等、かなりカッチリしたタイプらしいから正チャン性格合うんじゃないの?」

「嫌ですよ、他国の元処刑人達と仲良くなるだなんて」



彼方に目配せすることもなく、白蘭は微笑む。
見張りを態々つけるだなんていい性格をしている。
お招きしておいてそれは無いんじゃない?と考えて、でもま、非同盟国だし王は野心家だって知られてるからまぁいっか。
そんなことを思いながら。
だが敵意がある程度感じられる威嚇。
態々突っ込んで来ない所を見ると単細胞に滅んで行った他国よりは幾分かマシらしい。



「あーあ。何処かで美味しそうなお菓子と出会えないかな………お?」



唇を尖らせながらブーブー言う白蘭は、今までマカロンの入っていた袋を目の前に持っていき中を覗く。
すると小さな穴が空いているのがわかった。
そこから細く光がさしこんで、狭い世界が映し出される。
そしてその狭い世界の中心に捕えられた人間に、白蘭はニィと笑い唇をペロリと舐めて見せた。
チョコの味が薄く舌を伝わる。



「だからー。何回言わせるんですか白蘭さん、アンタいい加減ふざけてると―――……ってアレ?白蘭さん?」



ブツブツと反論する正一がふと顔を上げて白蘭の方を振り向けどもそこに影はない。
やられた!
正一の顔が怒りと呆れを含んだ複雑なものとなった。











「アーふざけんな、意味が分からねぇ」



変わって鐘楼の上。
黒い影を纏った二人の内一人がだらけた声を出した。



「仕方ないだろ。お前は黙って働きなよやかましい」



それを一蹴する声はもう一人の影からだ。
リボーンとバイパー。
この国における洋菓子屋とスパイ。
何故洋菓子屋が出張って来るのかと言えば、それは一重に彼等が数年前元処刑人として腕を奮っていたからだった。
鐘楼の中の、狭くは無いが埃臭い一室に何故この男と二人で籠り、他国の王なんぞ監視せにゃならんのだアホか。本日はフェスティバルである。
リボーンはあからさまに顔を歪めて舌打ちをして見せた。
脳裏に浮かぶのは、今朝母親のようにして自分を送り出した恋人の姿。
彼奴には逆らえない。
逆らえない、が。
年に一度のフェスティバルくらい、仕事を忘れて一緒に楽しもうとしてたこちらの気持ちにも少しは気付いて欲しかったというものだ。



「フン、ざまあない。ツナヨシは今頃お前の居ない貴重な時間を存分に味わってるだろうね」

「うるせー死ね。心配しなくとも俺とツナの間柄は切っても切れないからな。大丈夫だぞ」

「ムッ。心配なんか1ミクロンもしてないんだけど」

「あーあ、これだから男の嫉妬は困るぞ。醜い醜い」

「何か嫉念の塊がホザいてるね」



元よりピリピリとしていた中にビシバシと殺気が加わる。
しかしこれでもプロなので、ターゲットの存在は横目で確認しているのだ。

すると、一瞬此方に意識が向けられた気配がした。
リボーンとバイパーは瞬時に黙り、ターゲットを見る。



「相手は僕達に気付いてるね」

「そりゃそーだろ。それがパシリの狙いなんだからな」



フン、と鼻を鳴らしたリボーンは不機嫌そのもの。
だが不機嫌になってまで顔をだしたのには理由があるだろう。
綱吉は平和を好む。
綱吉は戦を嫌う。
国の安否を誰よりも気にする心優しき一般市民だ。
リボーンはもう彼の為にしか動かない。
今回顔を出した理由はそこだ。
この国の平和を持続するために、厄介な物は早めに潰しておかなければ。









「で?それが俺がテメーの護衛に入る理由にはなってねーぞコラ」



そんな中、当のスカルは溜め息を漏らしていた。
そんなに自分の護衛が嫌なのかこの先輩。
まあこちとら喜んでアンタには頼んでない使える人材が偶々アンタしか居なかったんだ。
―――……とは、言えない。



「だから始めに言ったでしょう。元処刑人の中でコロネロ先輩が一番護衛には向いてるって」

「なら何故ラルを王に付かせた。国の安否を考えるなら俺を王に付かせたほうが断然良かったぜコラ」



その言葉に、スカルは脳内で元処刑人を並べてみる。
皆護衛の力ならば一級品だ。
今までならばリボーンとコロネロが優位な位置にいたが、リボーンが銃を使えないとなるとコロネロが護衛の第一候補に上がるのは必然だろう。
ラル・ミルチも護衛の腕は最高級。
バイパーも幻術により王を守る事ができる。が。
バイパーの場合王の前にいては勿体ないだけ。
守備範囲が最も広い彼には、見張りに徹してもらう。
そうすれば何かが起こる前に最善の処置を施せるからだ。

そこで何故ラルを王の護衛に付かせ、コロネロを自分の身に付かせたかというと。



「王なんて実質どうでもいいんですよ、今や象徴でしかないんだから。代わりなら幾等でも作れる。でも俺の頭の代わりになる人間なんてこの国にはいないでしょう。今国を動かしてるのは俺です。俺が死んだらこの国は潰えます」



そうなる訳にはいかない。
そう呟くスカルの瞳には野心が宿っている。
ニィと笑ったスカルを見てコロネロはコイツも大概だと思ったが、口には出さないでおいた。
だがスカルの言っている事は正論だ。
王なぞお飾りでしかない。
ここでスカルが死ねば政権は王に戻り、再び国は暗黒時代を迎える事となる。
それだけは勘弁願いたかった。
しかしこの事実を相手国が知っている可能性は極めて低そうだが。



「知ってますね、絶対。ミルフィオーレは国王の白蘭とその補佐である入江正一という男で成り立っている。この二人は相当のキレものです。一筋縄ではいかない」



実に面倒だとでも言う様に吐き捨てたスカルは、王宮の一室の大きな窓から外を眺め見た。
街はフェスティバルだ。
賑わい衰えるのを知らない。
その中に入江正一を発見するが、白蘭の姿は無かった。
スカルは眉間に皺を寄せる。
何かあってはいけない。
けれども此方が招待している以上、無駄に警備を増やし強化する訳にはいかなかった。
軽く威嚇するだけで良い。
だからリボーンをバイパーの横に付けたのだ。あの二人ならば仲は犬猿そのものだが何とかしてくれるだろう。



「何も無いといいですけど」



ポソリ、と呟いたスカルの言葉にコロネロは笑いそうになった。
その言葉は、あの洋菓子屋が不安になった時にすぐ口にする言葉だ。
見事に浸蝕されている。
もしかすると。否。
もしかしなくとも。
この国を動かしているのはスカルでも国王でもなく。
頂点に君臨する真の王は、あの頼りない琥珀の瞳を持つ彼なのかもしれない。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ