りく

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カツリ、カツリと非常口の緑の光のみの薄暗い廊下に足音が響く。
真っ暗な部屋。
鼻につく埃の匂い。
もう何年も使われていないこの部屋は、とっくのとうに用済みとされ、物置へと役割を変えた。
そんな部屋の中。
小さく蹲り、フルフルと震える男が一人。
真っ暗な闇の中で、涙目になって頭を抱えている。
コツリ、コツリ。
足音は、この部屋の外にある廊下から響いて来ており男はさらに震え上がった。
呼吸が荒くなる。
コツリ、コツリ、コツ――――………
止まった。
丁度この部屋のドアの目の前だ。
男はゴクリと息を飲み下す。
ドアノブに手を掛けられる気配がして、そのまま―――――………



「ッ、ギャァアアーーー!!!!」



男は絶叫して気を失った。




ボンゴレコーポレーションはここのところ経済状況が著しく、赤字と言うものを知らない。
世間は不況不況、不況の嵐で派遣切りや解雇の波が相継ぐ中、ボンゴレコーポレーションはトップに君臨していた。
綱吉はそこの社員だ。
とても大きな企業。ダメツナと呼ばれ、いつも普通より下の成績だった綱吉が入れたのは一重に親戚のお陰だろう。
ドキドキドキと、新入社員の綱吉は緊張の面持ちで会社に足を踏み入れた。
踏み入れてから、絶望した。
目を剥く程の多忙さ。
やり方もわからないまま、仕事を押し付けられグダグダしている内に次が来る。
他の新入社員はと言えば、やはり厳しい就活とボンゴレコーポレーションに入れる程の知識経験があるのであまり戸惑ってはいないようだった。
そこで綱吉は見事に浮く事になる。
元々ドジな性格も祟って他の社員に迷惑をかけるのは日常化してきており、その度周囲の目も厳しくなった。
嗚呼、辞めたい……。
綱吉がそう思っていたある日、憂鬱気味に通勤すると、社内の掲示板になにやら人がワラワラと集まっていた。
何だろう。近付く。



「人事移動、のお知らせ………?」



キョトンと首を傾げた綱吉に周りの目が集中する。
綱吉はビクリとしてから、気まずい間を縫って掲示板に張りつけられている紙を見た。



「沢田、綱吉……」



しかも自分の名前がある。
一体何処に飛ばされるのだろうか。
つーか人事移動早いなオイ。というのも、その筈。
ボンゴレコーポレーションでは2ヶ月に1回、人事移動を定期的に行っている。
社員が怠けないためであり、社員の向上心を増幅させる為だ。



「庶務ニ課?」



聞いたことの無い名前に、綱吉は何処だと更に首を傾げた。
成績が著しく無い自分の事だから、今の部署より落ちた事は分かる。
とりあえず、悩んでいても仕方がない。
仕事内容が今より軽くなるなら好都合だ。
綱吉は未だ突き刺さる視線の中を抜け出して、自分の荷物をまとめる為に今までの部署へと向かった。

庶務ニ課。
社内の出来ない人間達が放り込まれ、地味に活動する部署。
その活動内容と言えば、各トイレのトイレットペーパーの補充、電気の交換、等々。
ほぼ雑用、というよりも掃除のオバサンの様な仕事であった。
これはいい。
綱吉は内心で万歳三唱をした。
こんな楽な仕事はないだろう。
これだったら、ダメでドジな自分も何とかこなせる筈だ。
庶務二課は実績を求められる仕事が回って来ないため、昇進することが困難だというが。
寧ろありがたい限り。
上層部の人間は鼻で笑ったりしてくれる仕事だが、構わない。
あの鋭い憎しみや苛立ちのこもった視線を受けるよりは幾分かマシなのである。



「沢田くん、ノリの控えが足りなくなっちゃったから帰る時にでも倉庫から出しておいてくれないかな?」



以前とは違い、優しそうな部長はもうすぐ定年という年頃だ。
人の良さそうな顔はすぐに騙されそうだが、綱吉は結構この部長を好いていた。



「はい、いいですよ」



ニッコリ笑って返せば、部長もニッコリ笑い返してくれる。
以前はこんなこと全く無かった。
目すら見ないし、感謝の言葉も無かったのだ。



その夜、綱吉は帰る途中に言われた通り倉庫に寄った。
古臭い倉庫は使用頻度が少なく、こうして大量のノリの控えがなくなった等どうしようもない理由で使われたりする。
夜の廊下は薄気味悪い。
ぼんやりと緑の光の中に浮き出る非常口のマーク。
綱吉はビクビクしながらも倉庫のドアノブに手をかけた。
ギィイ、と中々ホラーな軋んだ音が響く。



「えっと……電気のスイッチは…、」



実は初めて訪れた地だ。
何が何処にあるかなんて分からないし、懐中電灯が必要なことも知らなかった。
とりあえず手探りで探すため、ドアノブから手を離し中に入り込んだ。
ガチャン。
ドアがしまり、闇が濃く、深いものとなる。



「あわわっ」



慌ててドアノブに手をかけ再度ドアを開こうとして綱吉の顔が青くなる。
ガチャガチャと思いきり引っ張ったり押したりするも鉄製の古びた扉は音を出すだけでビクともしない。



「えっ、嘘!?まさかコレっ………」



――――閉じ込められた?
最悪だ。
綱吉はガクリとうなだれ、ぐすんと鼻をならした。

そして思う。
此処、お化けとか出たらどうしよう。
そういった話は苦手なのだ。考え始めると、ぐるぐるぐるぐるその話題が離れていかない。
……怖い。
怖すぎる。

と、綱吉がビビったところで冒頭に戻るのだが。



「……何だコイツ」



白眼を剥いてひっくりかえった綱吉を見て、ドアを開けた男は眉を潜めた。
そして慣れた様子でスイッチを探しだし、パチリと押す。
するとカチカチと電気がつき始め、室内と目を回している綱吉を映し出した。



「オイ、お前、」



同時に光に映し出された男の顔は美しく、身なりもスーツに着られている綱吉とは違い高級感溢れるもの。
綱吉の横腹をゲシゲシ蹴っている足も長く、スタイルもいい。



「起きろ」

「…………う、?」



ゆっくりと意識を取り戻した綱吉の視界に、男が入り込む。



「あ、あれ?」

「何やってんだ、こんなとこで」



一体何が起きたのかと目をパチパチする綱吉は、とりあえず体を起こして男を見た。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳。少々いぶかしげな表情。



「消ゴム、」

「あぁ?」

「消ゴムの控えがなくなったから、補充するために……」

「そうか。お前、庶務二課の人間か」

「あ、ハイ……」



ビクビクオドオドと対応する綱吉とは打って変わって、男は堂々としている。
きっと、上層部の人間だろう。
馬鹿にされるんだろうなー、と綱吉がぼんやりと考えていると何やら男は倉庫の奥の方に入って行き、一分も掛らず戻ってきた。



「消ゴム。これでいいんだろ?」

「あっ、ハイ!ありがとうございます!」



ホラよ、と受け渡された消ゴムの入っている小さな段ボールを受けとる。
丁度それは抱えられる程で、綱吉は安堵の息を漏らす。



「お前、名前は?」

「綱吉です。沢田綱吉」

「へぇ、」

「あの……、貴方は?」

「リボーンだ」

「へぇ、」



ぼんやりとした返事を返す綱吉に、リボーンと名乗ったいい男は少しだけ目を見開いた。
見開いてから、クスリと笑う。



「綱吉、か。ツナでいいな?」

「えぇ、構いませんけど……」



ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせる綱吉に、リボーンはフムフムと何か考える様に頷き、頷いてから綱吉の柔らかな頬をムギッとつねってみせた。
綱吉はリボーンの突拍子の無い行動に目を丸くしている。



「な、なにふるんへふは!」

「タメ口でいい」

「はひっ?!」

「多分年齢変わらねーだろうからな。タメ口で構わねーぞ、ツナ」



妙に馴れ馴れしいリボーンに、綱吉ははぁ?と思ったが、直ぐに行動に映した。
ベリッとリボーンの手を頬から剥がし、威嚇の意味を込めて睨みつける。



「何すんだよ!リボーン!」



ぷーっと餅のように膨れた綱吉にリボーンはケタケタ笑った。
笑われた綱吉は綱吉でムッとしたままだ。
なんて失礼な男。
消ゴムの箱を持ってきた時点で優しいかもと思ったのだが、勘違いだったようである。



「クククッ、いいなお前。気に入ったぞ。家まで送ってやる」

「結構です!」

「そう怒るな。飯くらい奢る」

「そ、れは……マジで?」



現金な綱吉は簡単にリボーンの言葉に引っ掛かった。
出会い頭に家まで送ってくれる上にご飯を奢ってくれるなんて怪しい人間もいたものだが。
腹も減っているし、電車料金が浮くのはありがたい。
ラッキー。
綱吉は小さくガッツポーズをした。




それがリボーンと綱吉の出会いである。


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