りく

□チェリーにブロッサム
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花と密



ちちちち、と可愛らしい小鳥のさえずりにリボーンは朝の訪れを知る。
淡い光に瞳を開ければ、眩しい程の太陽の光が窓から漏れ部屋まで入り込んでいた。
ベッドの上。
上半身をムクリと起こし、チラリと横を見る。
欠伸をひとつして、頭を掻く。
リボーンがいつも使用しているこのダブルベッドにはもう一人主人がいるのであるが本日は不在らしい。
やれやれとリボーンは溜め息を吐いてベッドから抜け出した。
ギシリ、と軋む木の床。
森林の香りに包まれて眠るのは悪くないが、最近ボロが出てきている。
改装しよう、と家の主人に話し掛けてみても、今度ねーと流されるばかり。
まあ昔から住んでいた家だ。
今は亡き両親との思い出なんかも刻まれているのだろう。
柱に付いた切傷は、家の主人が成長した時に身長を図る為につけられたものだという。
毎年毎年付けられていた傷が、ある所で止まっている。
リボーンは柱に出来た最後の傷を愛しそうに親指でなぞってから小さく微笑んだ。
毎年毎年、か。
成長は著しくないのは昔からのようだ。
彼の成長期は一体何時だったのだろうか。
多分本人に問えば殴られる。
何故ならそれは彼のコンプレックスどストライク。
背が小さいことや華奢なことを煽れば、彼はすねて数時間口を利いてくれなくなるのだ。
それだけは勘弁願いたい。

この家の主人の過去を辿る事をそこそこに、寝室から出て階段を降り、一階の店内へと足を踏み入れる。
この家の構造は一階が洋菓子店、二階が寝室やプライベートルームになっていた。
キッチンは店のと併用、バスルームは寝室の横となんとも使い勝手は良い。
一階は甘い香りに包まれていた。
別に開店準備が進められているという訳ではなく、部屋に甘い香りが染み渡っているのである。
初めはリボーンも甘い空気に当てられ気分を悪くしていたが、最近では慣れてしまった。
主人と同じく甘ったるいこの店は嫌いじゃない。
嫌いにはなれない。

と、そのとき。
店内のカウンターにうつ伏せになって睡眠を貪っている人間を発見した。



「おいツナ、こんな所で寝てたら風引くぞ」



とんとんと肩を叩き、綱吉を起こす。
綱吉はんん、と身じろいでから顔を上げた。
普段大きく甘そうなベッコウがのぞいている瞳は半分も開いていない。



「お前一体何時まで起きてたんだ……」

「……6、時?」



現在の時間は6時30分だ。
つまりは30分しか寝れていないのか。
綱吉の声は擦れていてなんだか色っぽかった。
普段睡眠をきちんと取っている分、慣れない徹夜は辛いだろうに。
リボーンは呆れながらも未だうつらうつらしている綱吉の唇にキスを落とし、ぐだっとダレている足の膝裏に腕を回し綱吉を抱き上げる。
そして姫抱きのまま再び二階の寝室へ戻り、綱吉をベッドにしまい込んだ。



「まだ終わってない……」

「一回寝てからにしろ。只でさえボンヤリしてんだから睡眠不足も加わったら残念さのみ増るぞ」

「んぅー……」



悔しそうに唇を尖らし、リボーンの首に腕を巻きつかせベッドに引きづり込もうとしている綱吉にリボーンもベッドに潜り込んだ。
どうせ今日は定休日。
寝坊した所で、誰も困らない。

さっそく人の腕の中に入り込み寝息を立て出した綱吉の頭を撫でてやれば、もう反応は返って来なかった。
眠りに落ちるのは早い綱吉だ。
リボーンは綱吉の頭にポスッと顎を乗せて、瞳を閉じた。

綱吉が何やら始めたのはつい最近の事だ。
「新商品を開発するよ!」と意気込んだ可愛らしい顔がリボーンの記憶に新しい。
睡眠不足もそのせいだ。
リボーンと国の治安向上のお陰で少しは客足の増えた店の営業は午前午後共に賑やかな物で、新商品の開発をしている暇は無い。
だから深夜から明け方にかけて考えを巡らせる訳だが中々上手く進んでいない模様。
綱吉が起用した案は植物とケーキのコラボレーション。
つまり花などの華やかな装飾をケーキに施すようだ。
薔薇は大手の洋菓子屋が既にやっていたし、どうせやるなら斬新なものがいい。
この国の国民に余り浸透していない、可憐でスイーツに合う花。

リボーンは女の扱いにたけているので、花数は知っている。
知っているが、花屋に並んでいないものまでは熟知していなかった。
手頃な花として薔薇を考えていたが、薔薇がダメとなると中々思い浮かばない。
加えて可憐な花とはあまり縁がなかった。
綱吉いわく、道端に咲いているタンポポの様な存在がいいそうだ。
確かに薔薇の様な花より、控え目なタンポポの方が綱吉に似合う。

だがこの国は石畳で全て統一されている。
タンポポすらも手に入れるには郊外にある森付近まで足を運ばなければならないのだ。正直面倒くさい。
面倒くさいが、他でもない綱吉のためならば足を運ばない訳にはいかないだろう。












「リボーン、起きて」

「………、…」



耳元で囁かれる声に、目を開ける。
すると目の前には綱吉の顔があった。
こちらが起きた事を知り、微笑んでいる。



「今何時だ」

「もう正午だよ」



ちゅ、ちゅ、と綱吉の唇を額や瞼に受けながら体を起こす。
綱吉の睡眠不足はもう大丈夫らしい。
ベッドの上にぺたりと座りこんでいる綱吉に覆い被さるように抱きつきキスを返せばクスクスと肩を震わせて笑っている。



「あ、それでねリボーン」



キスを繰り返す唇を軽く手で押さえてやめさせた綱吉は何やら嬉しそうな声を出した。



「新商品開発の件なんだけど、使用する花が決定したよ!」

「へぇ、」

「へぇ、って。もっと関心持てよ……」

「で?どんな花にしたんだ」



新商品開発に意気込むばかりあまり相手にしてくれなかった綱吉だ。
本当の所を言うと、自分でも情けないとは思うが、妬いていたのだろう。
夜は恋人達にとってとても重要な時間だと言うのに、新商品開発の為に主にその時間ばかり削られて行く。
その間、少しばかり寂しい想いをした。



「サクラ!」

「サクラ?」

「うん。東の海に浮かぶ小さな国に咲いている花なんだけど、この国と隣国との国境の間の気候がその国の気候と近いらしいから咲いてるかもしれないって!」

「それ誰情報だ」

「パン屋のオジサン」

「アイツかよ……」



あのパン屋は口が減らない事で有名だ。
花屋のバァさんも帽子屋の若い娘も付き合いきれないと仕事に戻る中、綱吉だけはいつも熱心にパン屋のオヤジの話を聞いていた。
律儀というか何というか。
その瞳は物語を聞かされている子供のソレで、リボーンも邪険にすることは出来ないでいた。
ただ卑隈な話になる寸前に綱吉をあのオヤジから引き離したりはするが。
夜の営みはしていようとも、綱吉はまだ純粋なのだ。
勝手に汚さないで頂きたい。
というか綱吉を汚すのは自分の役目だとリボーンは信じて疑わなかった。
成人男性を捕まえて何を過保護な、と馬鹿にされたとしても構わない。
推薦の目を抜きにしても、リボーンは綱吉は純粋だと胸を張って言える。
恥ずかしがりでくすぐったがりな……



「リボーン……、何でニヤケてんだお前」

「いや、別に」



いかがわしい妄想をしているからですとは言えなかった。
言ったら綱吉が炎上する。



「ま、いいけど」



疑うような視線をリボーンに向けつつ、綱吉はピラリと一枚の紙を取り出した。
見れば予定表のようだ。
曜日と日にちのみが記入されている紙に、明日の日付けから一週間矢印が引かれていた。



「何だ、コレは」

「明日からそのサクラとやらを探しに行くのだよリボーンくん!」



ふはははは!と笑いだした綱吉に、今度はリボーンが微妙な視線を向ける。
そして右頬を思いきりつねり上げた。
ギチギチと嫌な音が聞こえ、綱吉はうぎゃあ!と一声鳴く。



「なーにが探しにいくのだよリボーンくん!だバカツナ。店はどうするつもりだ、あぁ?」

「うぅぅっ…、だから休業だって…!一週間だけ!」

「お前のその一週間は信用ならねーぞ」

「だーかーらー!大丈夫だって。リボーンって変な所で心配症だよなって痛い痛い!頬がもげるーっ!!」



綱吉に計画性が無いのは付き合ってきてよく分かった事実だ。
綱吉が飽きれば3日も持たないかもしれないし、一ヶ月を回るなんて事もあるかもしれない。
一週間なんてのは基準にすらならないのだ。



「うー……お前と旅行とかしたことなかったし、一石二鳥でいいかなと思ったんだけど」

「旅行をついでにするな。テメーハネムーンなめてんのか」

「まだ結婚してないっつの。じゃ、ハネムーンの予行練習とかでいいんじゃないの」

「適当だなテメーは」

「いいだろ、たまにはさ」



ね?と小首を傾げられては文句は言えない。
上目使いをここまで駆使しているヤツは初めて見た。
甘え上手な恋人は無自覚無意識。
呆れるしかないだろう。



「旅行の後はせこせこ働くんだぞ」

「ん!」



約束だと差し出した小指に小指を絡め、綱吉は笑う。
なんともまぁ幸せそうな笑顔だ。



「そうと決まれば旅行の準備しなきゃ!」

「必要最低限の物だけ詰めるんだからな」



さっそく必要無い目覚まし時計を手にした綱吉に溜め息を吐きながら、リボーンは不安を努めて意識しないよう心掛けた。


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