りく

□順序
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それは、うだるように暑い初夏の日。
空は突き抜けるように高く、太陽に届くまで入道雲が膨れ上がっていて数日前空気中に含まれていた大量の湿気が嘘みたいに蒸発している。
そんな土曜日。
綱吉は縁側に座り上半身を倒して左腕で目を覆い隠していた。
ミーンミーンだか、ジージーだか。
早速鳴きはじめた蝉達の命の訴えを耳に、ひとり無言で先ほどからこのままだ。
明らかに鬱蒼としている。
家族は生憎商店街の福引で当たった南国の島ツアーに行ってしまって誰も居ない。
家に残っているのは、綱吉だけだった。



「んだお前、こんなカラッとした日に鬱蒼としてんじゃねぇぞ」



綱吉だけだった、のだが。
不意に上から声が落ちてきた。
リボーンだ。幼馴染みの。
本日リボーンは学校に呼び出され一仕事を終えてきたという。


顔よし、頭よし、運動神経よし、スタイルもよしの彼は生徒会に所属しボンゴレ学園中等部のトップにまで登りつめた男。
それがリボーンだった。
しかしなぜそんなリボーン様がこの家に居るのかというと、単に学校から自分の家より綱吉の家の方が近いのでシャワーを浴び、ついでに涼みに来たらしい。
そんなのは自分の家で入れ。こちとら傷心の身じゃボケ。
なんて言葉は口からでない。
幾等幼馴染みといったって、その上下関係は明白である。



「……ふられた」



綱吉は腕で瞳を隠したままの格好で、ボソリと蚊の鳴くような声で呟く。
リボーンはああん?と片眉をあげて綱吉を見た。



「誰にだ」

「……ないしょ」



どうせリボーンに言った所で同情の言葉なぞ貰える訳もなく、寧ろ貰えたら貰えたでムカつくというか何と言うか。



「誰でもいいがウゼェことこの上ねぇぞ。暑苦しい。俺の視界から消えろ」

「ふぎゃっん!!!おまっ、お前……!」



縁側から見事に蹴り落とされて顔面から着地。
口に砂やら砂利やらが入ってしまって気持ち悪い。
リボーンのあんまりな行動に綱吉は呆れて「お前、」の続きが言えなかった。
正に傍若無人。果てしなく自由過ぎる。



「とりあえず俺様にビールを買ってこい。買って来なかったら……ああ、分かるよな?」



その爽やかな笑顔をヤメロ。
綱吉は震え上がって縁側に置いてあったサンダルを適当に取り駆け出した。
何て恐ろしい。
リボーンの後ろに般若の顔が見えたのは気のせいではないはずだ。
綱吉は今流れている涙の意味が先ほどのものから変わったような気がして、何だかやるせなくなった。












「中坊がビールなんて買える訳ないだろ……あいつ頭おかしいんじゃないの」



リボーンの頭がほんのり変わっているのは昔からだ。
何を今更。
というよりもそもそも無一文で家を出た時点で何も買えない。
綱吉は大きく溜め息を吐いた。
嗚呼、帰りたくない。
果てしなく帰りたくない。

そんなこんなで足は神社へと向かっている。
ここら辺で日陰のある場所といえば、木の生い茂った神社くらいだ。
涼むには丁度良かった。

漸く神社について、石段に腰を下ろす。
しかし何処に居ても何をしても思考は変わらない。
綱吉は再び憂鬱そうに膝の上に肘をついて悩ましげに眉を寄せた。


ふられたのは昨日の事だ。
抑えきれなくなった思いを相手に押し付けるようにして告白。
ぽかーんと、らしくなく呆けた相手の顔は多分一生忘れないだろう。
当たって砕けろの精神で当たって砕けたら結構な傷が出来た。
にしてもどうして夏休み前日まで我慢できなかったのだろうか。
何も今でなくたって。



「………あ、」



そう落ち込んでいると後ろから声がした。
ん?と疑問符を浮かべて綱吉が後ろを振り返れば、もう本当、何も今でなくたって。という人物が。



「……!……、…!!!」

「おいっ、逃げるな!」

「むむむむむ無理っ……!」



自分でも素晴らしいと思えたスタートダッシュ。
人はテンパっている時ほど異常な力を発揮できるらしい。
火事場の馬鹿力とはこういうことか。納得。



「………ッ、このっ!」

「わぎゃあっ!!」



彼の長い足が、綱吉の短い足を引っ掛ける。
素晴らしいスタートが切れた所で、転んでしまっては意味がない。
ズシャァアア!と綱吉は顔面から地面に飛込んだ。
本日二回目の光景となる。
手を出して受け身の体勢さえ取れば多少は痛みのデカさが半減したかもしれない。
だが綱吉はそんな反射神経を持ち合わせていなかった。
ゴチン!と頭を打った綱吉はそのまま気絶。
遠くなる意識の中で、「……死んだか?」という失礼な呟きが聞こえた。
人を勝手に殺さないで下さいませんか。





視界が薄暗い。
ぼやけているのか、どうなのか定かでは無く綱吉はうぅ、と小さく唸った。
瞳は開いた筈だ。
なのに何故薄暗いのだろう。
というか何か冷たい。
気持ち良い。

そこまで考えて、綱吉は目の上に濡れたタオルが置かれている事に気付く。
だから視界が明瞭で無かったのだ。
頭の機能が普段より鈍くなっているのは先ほど盛大に頭を打ったからだろうか。



「起きたか」

「うー……んぅ。まだ寝る……」

「寝るな」



ひょい、と目の上のタオルが退かされて、瞬時に光が取り込まれる。
……眩しい。



「うぅぅ………」



しくしくしくしく。何だか無償に悲しくなってきて、涙がコメカミを伝って畳に落ちた。
倒れたのは神社であるのに畳の上とは。どういうことだ。
そんな疑問を抱く前に、綱吉は気付く。
倒れる前に、というか倒れた原因は誰にあるのかというと残念ながらに自分が告白した相手にある。
顔を合わせたくないと願っていたのに、人生というのは中々上手くいかないものだ。



「今すぐ逃避から帰ってこい」

「ことわる」

「…………、」



ギリギリギリギリと頬をつねり上げられた。
痛い痛い。あまりの痛さに声もなく綱吉はハッ、と覚醒した。



「す、すすすすすすすかる!」

「……ようやく起きたか」



遅い、と蹴りを入れられたが正直言って綱吉はそれどころじゃない。
何が辛いかってあのスカルさんと言えば先日綱吉が告白して見事に散った相手だ。
顔なんて見れたもんじゃない。
大体倒れる前の出来事でさえキッパリ忘れたかったというのに。酷い。



「こ、ここ、どこっ」

「うちだ」

「うちぃ!?」



てことは何か。ここはスカルの家か。
辺りを見渡すと畳が何畳も続いており、知識の残念な綱吉が弾き出した答えといえば何だか時代劇に出てくる城の中みたいだという結構盛大な答えであった。
それにしても広い。



「叔父が神主をやっててな。アンタに言ってなかったか?」

「き、ききき聞いてないっ」



ブンブンと大きく顔を横に振った綱吉をスカルは忙しいヤツだな、と観察している。



「お、おれっ!………帰る」

「もう帰るのか」

「あ、あああ当たり前だよ!」



さっきからどもってどもって仕方がないが、これに関しては責めないで頂きたい。
というか告白され振った相手に何を普通に接しているのかこの男は。
綱吉は信じられない!という目でスカルを見てからぷぅと頬を膨らませた。
スカルはと言えば、訳が分からなそうに眉を潜め綱吉を見ているだけだ。



「だ、だって……スカル俺の事振ったじゃん…いくらダメツナで鈍くさい俺でも次の日に普通の顔で告白して振られた相手と一緒にいるという事は……」

「は?ちょっと待て、告白って何の事だ」

「―――え、」



どうやら根本的にすれちがっていたらしい。
綱吉は何言ってんだコイツ、という表情で此方を見てくるスカルを何言ってんだコイツ、という表情で見返した。



「告白したじゃん!昨日の放課後!帰り道!」

「あれはアンタが感情的になって一方的に巻くし立ててただけだろ。どこに告白の要素があった」

「はぁああ!?」



何だろうこの意志疎通が出来ていない感じ。
綱吉は耳を疑った。
あれでもあの告白は自分の精一杯の気持ちを込めた告白だったのに。



「お前信じらんねー!もうヤダ馬鹿!帰るー!」

「誰が馬鹿だ」



スクッと立ち上がって歩き出そうとしたところで、再びスカルの長い足が綱吉の短い足を引っ掛ける。
しかし今回は地面とキスすることなく、スカルに受け止められた。
近年稀にみる至近距離だが、そんな事はどうでもいい。
さいていさいてい、と耳元でボソボソ呟き繰り返す綱吉に、スカルは大きく溜め息を吐いた。
一体全体何だというのだ。
前々から綱吉が謎な思考を持ち合わせた生命体だということは知っていたものの、今回はすば抜けて意味が分からない。
告白?
いつ、誰が。



「……とりあえず、順を追って思い出すぞ。アンタも状況を説明してくれ。流石についていけない…」

「うぅっ、……はい」



ぐずぐずと鼻を鳴らしつつ素直に返事をしたところは偉い。
なのでスカルはフワフワと夏に似合わない淡い茶に指を滑らせて綱吉の頭を撫でてやった。



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