りく

□憐れ二人は囚人
1ページ/1ページ



「さしあげる」の続きとなっております。一応ご覧になられた方が分かりやすいかもしれません。













狂っていた。
何もかも。
そう思った時には既に遅く、回復の見込みもない。

愛してると微笑む一人の人間を腕に抱き、スカルは静かに息を漏らす。
愛してると、その言葉に嘘はなく寧ろ鉛よりも何よりも重くいたわしい愛がある。



綱吉はマフィアのボスだった。
スカルはマフィアの軍師だった。
二人のファミリーは敵対していた。
あまり改善しそうにもない仲だった。
スカルは綱吉の命が欲しかった。
綱吉はある日、そんなスカルに命を捧げると言った。

そこに愛があったのかと問われれば、そう―――――知らない内に育っていたのだ。
スカルは有り得ない言葉を囁く綱吉をはじめは疑ったのだが、どうやら嘘では無いことが分かった。
綱吉はナイフをスカルに握らせ、その手で殺してと幸せな顔をして祈願する。

分からない。
綱吉の言っている意味も、行動も、何もかもが。
情けない事に、全く分からなかった。

その時まで綱吉に恋という情も、友という情も持ち合わせてはいない。
ただ彼は敵。
憎むべき相手で、己がいつか命を奪うと決めた人間だ。

こんなのは望んでない。
こんな結末は納得できない。
慈しみは偽り。
愛や恋は夢物語。
要は子ども騙しなのだ。
信用できる訳がなかった。
だが信用しない訳にもいかない。


スカルはそこで手に持ったナイフを床に落とし、敗北を知った。

殺せない。
自分は、彼を。

何故だろう。
そう考える間もなく、綱吉が表情を歪めて嫌かと問う。
嫌ではない。
綱吉をこの手で殺せるということはとても名誉のある事であったし、マフィア界もカルカッサの軍師がボンゴレのボスを殺したとあらば大きく揺れ動くだろう。

しかし、これは。
何かが大きく違っている。
心の何処かで、望んだものはこれではないと。

要らないのと綱吉はスカルに誘惑をかけて泣きそうな顔ですがりつく。


スカルは慈悲の意味が分からない。
今までの人生で呪いを受けてしまってからは、そんなものは塵よりも無駄だと思えた。
けれどもその意味が今では手にとるように分かる。
嗚呼、そうか。
慈悲という物は同情だ。
人間を憐れむ事によって産声を上げるその情。
今の自分は、殺意よりもその憐れなボスを憐れむ情に呑み込まれているのだ。

馬鹿なヤツ。
何もかも、彼を愛する人間をも捨てて綱吉はスカルを愛してしまった。
これは一体悲劇か喜劇か。
判断はつかないものの、次第に覚醒してきた頭にスカルは綱吉の手を取った。
いかなる場合も動揺してはいけないと云うのに。
憐れな綱吉に憐れな情を抱いた憐れな自分は、狂った歯車に巻き込まれていることに気付く。


人間が狂うきっかけとなるのは、些細な出来事。
些細な出来事は僅かな段差を作る。
そしてその僅かな段差は、驚くほどの速さで溝を深めて行く。
絶望的なその光景を自分は知っていた筈なのに。



夕日の紅が全てを染めていく。
この手で血を流せない代わりに、その紅が綱吉を呑み込む。



「後悔するなよ」



まるで逢魔時。
疑心暗鬼の結果狂ったであろう人間は、自分が暗鬼になっていることに気付いていない。
憐れな生き物。
ここまでくると笑いたくなってくる。

くくくっと思わずスカルは喉を鳴らして綱吉の唇に接吻をした。
捧げるだなんて、冗談。
本当は、そちらが欲しいと望んでいる癖に。



「仕方がないから貰ってやるよ。誕生日にだなんて勿体ぶってないで、今すぐにな」



そっと手に手を重ねて、指を絡める。
深い琥珀が欲に滲んでいるのが分かり、その手を引いて指先に唇を寄せた。


愛しているのかは分からない。
けれども、滑稽な程に心が揺れ動くのは多分も何もこの一人の人間のせいだ。
命はまだ取らないでおこう。


風に揺れる粟色の柔らかな髪も
よく困った様に下がる眉も
長い睫も
大きくて童顔を強調するからと本人が嫌がっている琥珀の宝石を持つ不思議な瞳も
白く滑らかな肌も
あどけなさを残す頬のラインも
甘いロゼを彷彿とさせる控え目に閉じられた唇も

未だ、壊したくなかった。



綱吉の口元が緩む。
そしてその唇が信じられないと微かに動く。

嬉しい
信じられない

くすくすと、笑みを交えながら。
ここまでくると、最早回復もクソもない。


まるで愛に囚われた人間。
檻からは逃げられる筈も無く、おとなしく諦めて微笑んでいる。
憐れだ。
果てしなく。

そしてそんな憐れな人間を腕に抱く己も随分と憐れな人間だろう。
いかなる呪いよりも凶悪で残忍で冷酷。
それでいて、甘く麗しく優しく聖母のように暖かい。



「捨てないでね」

「さぁ。それはアンタ次第だ」



不安げに揺れる瞳に猫に対するよう喉を撫でれば、その瞳が細められる。



「何処へ行こうか」

「どうせなら北がいい」



このまま、消えてしまおう。
二人で、もつれ合いながら。
何も要らない。
彼以外。自分以外。

そう朗らかに
詠うように
めでるように。

綱吉はスカルの首に腕を回し、細めた瞳をそのままゆっくりと閉じた。


憐れな腕の中囚人と共に、この世界から消え何処か遠くへ。
これでは、どちらが囚人か分からないが。
そう。
どちらとも、二人揃って。
要はイカレた憐れな人間なのである。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ