りく

□さんかく
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町には人が賑わい溢れかえっている。
外国人が開国を求めてこの国に来てから、もうかれこれ十年が経とうとしていた。
中には尊皇攘夷・倒幕活動に参加している物騒な輩なんかもいて中々に住みにくい町になったもんだ。
夜になれば呑気に外を歩く事も出来ない。


スカルはそんな町の片隅にある酒屋の息子であった。
商売繁盛とまではいかないが、契約を交している飲み屋が何軒もあるので売り上げはそこそこ良い酒屋だ。
スカルの方は顔が良く頭も切れる好青年だが、愛想が悪いのが勿体ない男である。



「スカルー。樽1つ頂戴」



そんな酒屋に、ひょっこりと顔を出した女が居た。
濃い紅の着物を着て、太陽の様に明るい笑顔でスカルに片手を上げる。



「そんな金、本当に持ってるんだろうな?ツケはお断りだ」



そうスカルが眉間に皺を寄せて鼻を鳴らせば、彼女――――綱吉は、ケタケタと声を上げて笑った。
そして懐に手を入れて巾着をスカルに放り投げる。
受けとればズシリと重く、チャリチャリと中で金が擦れる音。
スカルはどうだと言わんばかりに此方を見てくる綱吉に、大きな溜め息を吐く。



「巾着切りは止めたんじゃなかったのか?」



綱吉が、ぎくりと肩を揺らし気まずそうに視線を泳がせた。
着物の紅より少々明るい唇がもごもごと動いている。



「仕方ないじゃんか、癖なんだよ。気付いたらこう、手が勝手に……」



あはははと白々しく笑う綱吉は、幼い頃から他人の巾着を盗んでは我がもの顔で使う。
育ちが育ちなのだが、今は飲み屋の器量の良い女将の元に置いてもらっている訳だ。
そろそろ巾着切りを卒業しても良い頃だというのに。



「その癖、早くどうにかしろ。このご時世だ。役人の巾着を盗んでバレた日には斬られるぞ」

「うーん。そうだなぁ……育ちの良い誰かさんとお付き合い出来たら治るかも」



クスクスと微笑む綱吉が、スカルを伺う様に見る。
それに応えるように、スカルもニヤリと笑って綱吉の耳に唇を寄せて呟く。
綱吉の着物から、淡く甘い香りが漂ってくる。



「それで俺が落ちるとでも思っているのか?」

「さぁ、どうでしょう」



その応えにスカルは微笑を漏らし、綱吉の額に唇を添える。
無邪気なものだ。
綱吉は幼児の如くスカルとじゃれては愉しそうに笑う。
良い女か、と聞かれればスカルは違うと応える筈だ。
しかし。
綱吉は良い性格をしている。
分かりやすい態度を取るかと思えば、掴み処がなく。
無気力かと思えば、貧乏な子どもたちに飴を配っていたり。
綱吉は優しい。
けれども世間全てを愛し、従うという常識は嫌いだと事あるごとに呟いているのをスカルは知っている。

顔を離しべっこう色の深い瞳を覗くと、綱吉は今更照れた様に笑って自らスカルとの距離を取った。



「にしても、この樽……こんなにどうするんだ。団体客でも来るのか?」

「いんや。客は一人」



途端に嫌そうな顔をした綱吉に、ああとスカルは頷く。
綱吉が巾着切りをするのは大体決まってまとまった金が必要になった時だ。
そしてその金が必要になる時というのは――――……。



「また帰って来たのか」

「そー。しかも早朝に。有り得ないよね。外国だか何だか知らないけど、常識くらいはどっかで拾って来て欲しいくらいだよ」



ケッ、と綱吉が吐き捨てる。
綱吉には腐れ縁で結ばれた男が一人いた。
同じ処に捨てられ、同じ処で育ち、同じ様に生きてきた男。
ただその男の方はと言えば、他人に引き取られる事も無く自由奔放に過ごしている。
綱吉は、その男に金を援助していると聞く。
同情というよりも、家族愛に近い情だ。

因みにスカルはその男をあまり好いてはいない。
乱暴だし横暴だし。
人を勝手に手下の様に扱う男だ。
好きになれる筈がない。



「アンタがまだおとなしくあの人の金ヅルをやってるとはな」

「うーん。もう縁を切ろうとは思ってるよ」



綱吉がむぅと頬を膨らませてスカルの袖をチョイと引っ張る。
何だと思って見てみれば、何か悪戯を思い付いた子供様な表情をしていた。



「そしたら、お酒奢ってよ。それかタダで頂戴」

「アンタな……。それが目当てで毎回此処に来てるだろう」

「まさか!ちゃんとスカルに会いに来てる、よ!」



じぃと睨んで問いただせば、綱吉は目を反らして乾いた笑いを漏らす。
あながち間違いでは無さそうだ。
スカルはやれやれと肩をすくめて綱吉の顎を掬い、ちうと甘い接吻を交した。
効くかは分からないが、主に魔除けというヤツである。



「あまり先輩に干渉するなよ」

「分かってるよ。心配性だなぁ」

「心配じゃない。警告だ」

「そう?」



へへと緩く笑う綱吉にダメそうだなと思いながらも、後で下の奴らに綱吉の処の飲み屋に樽を届けるように指示しておこうと考えた。







鈴、鈴、と風鈴の音がなる。
季節はもう秋も深まっていた頃だが、この風鈴は年がら年中ぶら下がっているのだ。
コロネロは昼頃に起床して懐かしいなと思い出に浸っていた。
明け方に帰ってきたは良いが、寝ていなかったので直ぐ寝たのが本当の所である。
寝る前に綱吉が呆れた顔で溜め息をついていたが、今は出掛けているようだ。



「ただいまーっと。あれ、起きてる」

「おー。何処行ってたんだコラ」

「酒屋。お前どうせ飲むんだろ?面倒だから今頼んでおいた」



ふぃーと一息吐いた綱吉に、コロネロはニッと笑って気が利くじゃねぇかと呟いた。
実の所をいうと、綱吉がコロネロに金の援助をする理由というのは善意からである。
放って置けないともいう。
否、寧ろ放っておかれたくない無意識の内に育った欲求が綱吉の中に根強く残っているのだ。



「これ、やる」



ぽいっとコロネロから黒い物が投げられる。
綱吉は片手でそれをキャッチして眺めてみた。



「何これ」

「銃だ。格好いいだろコラ」

「別に」



ぽい、と。
今度は銃が綱吉からコロネロに渡る。
ふん、と鼻を鳴らしてそっけない態度をとる綱吉に、コロネロは片眉を上げた。



「すねてんのかお前」

「すねてない」



いつもより膨れた綱吉の頬に、コロネロは溜め息を吐く。
久々の再会だというのにこの態度。
昔から変わらない。
そう思っていると、綱吉がコロネロをキッと睨んで仁王立ちをする。



「信じられない……俺は土産が欲しかった訳じゃないんだよ。大体連絡ひとつ寄越さないで海外ばかり。そりゃ、向こうが恋しくなるコロネロの気持ちも分からんではないけど少しは思い遣りを持て!」



息継ぎをしないで言い切った綱吉はすぅと息を大きく吸い込んで次の段階に移ろうとしていた。



「こんの……ぶふぅ!」



が、すんでの所でコロネロに口を塞がれる。
顔が真っ赤だぜと笑うコロネロに、綱吉は悔しくて取り合えず足を思いきり蹴っておいた。
だがビクともしない。
嗚呼、腹が立つ。



コロネロは日本に来て、綱吉と同じ場所で孤児になった。
けれどもやはり故郷が良いのだろう。
一度船で外国に行けると知ってからはよく行くようになり、綱吉はそのたび寂しい思いをしていた。
いつも子供扱いをされる。
最低だ。



「ツナはいつ見ても成長しねーなコラ」

「うっさいな!さっさと金を返せバカネロ」

「ああ、別にいいぜ」

「あー…!待ってやっぱり返さなくていいっ」



つまるところ、綱吉は金を援助することによってコロネロと繋がりを持てていると勘違いしている。
そんなことは無いというのに、過去に捨てられたという事実と記憶がもたらす孤独は上手いこと消えてくれない。
コロネロが大人を頼りにせず、一人で生きているのも理由にあるのだ。
同じ風に育ったから、金の大切さがよく分かる。


巾着ひとつ程の金額で金の援助も無いのだが、コロネロはそんな綱吉に付き合い、内緒で女将に金を全て返していた。


コロネロは微笑んで綱吉に手を差し出す。
綱吉は不機嫌に泣きそうなままその手を渋々取り、握る。



「…………おかえり」

「おう。ただいまだコラ」



この挨拶が何度目になるかは忘れたが、何度交しても胸にこみあげるものがあるという事は事実だ。
コロネロはぎこちなく微笑んだ綱吉の頬に手を添えて瞼の上に接吻をひとつ落とす。

綱吉はスカルの顔を思い浮かべながら、また怒られるなぁと考えてゆっくりと瞳を閉じた。
彼はコロネロが苦手だから。

近くに、コロネロが持って帰ってきた異国の香りが漂っている。
綱吉はこれでは縁がいつまでたっても切れる筈が無いと実感して、早々と先程までの意気込みをサラッと流すことにした。


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