りく

□大丈夫じゃない
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桜が澄んだ青空にひらひらと舞っている。
本日は記念すべき入学式だ。
制服を着るというよりも、制服に着られた少女が軽快な足取りで階段から降りて行く。
が、その時足がもつれて思いきり階段を踏み外した。
スカートがひらりと舞う。



「……っ!」



ああ、落ちる。
そう思って少女が次に来る衝撃に目を瞑れば、トンと腹に、柔らかな支えが現れた。



「――――、?」



恐る恐る少女が目を見開けば、そこには。



「大丈夫か?」



そりゃもうとびきり格好良い、少年がいた。
少女は思わず息を飲み、こくりと深く頷く。
それが、運命的な出会い。








「スカル、一緒に帰ろう!」

「断る」



桜が散るのは早い。
咲くまでにあれほど時間を要するというのに、花が開いてしまえばあっけないものだ。
木々はもう新緑。
初々しい緑が、辺りに華を添えている。
4月ももう終わりに近く、来週には5月に入るという日に綱吉はいつものように帰り支度をしているスカルに声をかけた。
入学してからずっと続いている毎日恒例の光景である。

入学式の日に階段で足を踏み外した少女の名は沢田綱吉という。
男じみた妙な名だが、男の子が産まれると信じて疑わなかった親戚一同がそのまま押し通してつけたのだそうだ。
綱吉もはじめの内は嫌がっていたが、最近ではもう諦めの境地に達していた。

一方、入学式の日に、階段から落ちそうになっていた少女を支えた少年の名をスカルという。
彼の受難はあの日から始まったと言っても過言じゃない。
嫌なものに入学早々取り付かれたものだ。

綱吉は恋をすると盲目になる傾向にあった。
つまりあの出来事をきっかけにスカルに恋した綱吉はクラスも同じだという事もあり、飼い主に引っ付いて離れない子犬宛らスカルにくっついて離れないのだ。


綱吉がスカルに好きだと自己申告したのは、なんと入学式の帰り道。
家も同じ方向にあるスカルと一緒に(半ば強引に許可を得て)帰っていたときの事だった。
鬱陶しいと思いつつ女というものは拒否するとさらに煩くなるので、放置するという手段をとっていたスカルもこの時ばかりは驚き目を見開いた事を覚えている。
しかも、好きです付き合って下さい!だとかスタンダードな告白ではなく。



『俺、スカル君に恋したから明日からまた宜しくね!』



と。にっこり笑って手を振り帰っていったのだ。
意味が分からない。
告白は何度も受けた事があるスカルだが、今回みたいなのは初めてだった。
キスを大胆にせがんでくる女やら、権力を持ち出してきて交際を申し込む女やらは沢山いた。
勿論、学生生活をしていれば普通にラブレターを貰ったり屋上に呼び出されたり色々だ。
だが流石にこのパターンはない。
正真正銘綱吉が初めてである。


それから綱吉は分かりやすくスカルにアタックを開始した。
綱吉とスカルは奇遇にもお互い友達を作らない主義だったので、随分と事が楽に運んで行く。
ただ綱吉の方はやはり女らしくいがみ合いに巻き込まれ体育館裏に呼び出された事もあったのだが、スカルの心配も虚しくあっけらかんとした表情で次の日も引っ付いてきた。
何故かその日から女子が綱吉にあまり関わりたくないような態度をとりはじめたのだが、スカルは面倒事(特に女の内輪事)に興味が無いのでその件に関しては流したままだ。

しかし困った事に、2週間を過ぎると勘違いをする輩が現れた。
これは迷惑極まりないもので、『スカルって沢田と付き合ってんだろ?』とクラスの男子に聞かれ断固拒否した事は記憶に新しい。
一緒に帰ったり、一緒に昼御飯を食べたり、一緒に図書室に寄ったり。
恋人同士だと勘違いされてしまうような事を日々繰り返しているのでクラスの男子に非は無いと分かってはいるのだが。
それとこれとは違う。



「今日は図書室に寄らないの?」

「……寄る」



けれど、スカルも綱吉のペースに巻き込まれている自覚はあった。
気付けば一緒に居て当たり前のような存在になっているのだ。
これは非常に不味い。
加えてドジで間抜けな綱吉のサポートに回っている事もあり、スカルは頭を抱えたくなった。



「何語?」

「イタリア語。まぁアンタには読めないだろうがな」



フンと鼻を鳴らして人を小馬鹿にしたスカルの態度にも、綱吉はきちんと付いてくる。



「よ、読めるよ!」

「目が泳いでるぞ」

「だってズルイ!スカルは地元だから読めるんだろ?」

「日本語もロクに読めない奴が吠えるな」

「だってホラ……漢字は…中国だから、」



ぐう、と唸って苦し紛れな言い訳をする綱吉に、スカルはクツリと笑って「古典もな」と呟いた。
どうやら実力テストの点数を見られていたようだ。
綱吉は酷い!とスカルに非難の声を上げる。
だが非難を上げてもスカルへのアタックは休めない。
綱吉はスカートの端をチョイと持ち上げて、どう?とスカルに聞いた。

どうと言われましても。

スカルは良く分からないのでそんな綱吉を無視して本を戻すために本棚に目をやった。



「スカート!女子高生らしく短くしてみたんだけど」

「普通」

「ちょ!せめて見てから答えてくれない!?」



綱吉のピーピーと煩い抗議に、渋々スカルは目を合わせる。
スカートの長さなんて言われても分からない。
短すぎずが一番いい。
そう答えようとして、スカルは綱吉の指先についている絆創膏の意味を漸く理解した。



「アンタ、不器用なのか」



絆創膏の数が、両手合わせて7枚だ。
結構な勢いで針を手に刺していたに違いない。
そういえば、綱吉が弁当を作ったんだ!と嬉々として押し付けてきた日も、手に絆創膏が貼られていた。
弁当は血の味については大丈夫だったが、料理の味が破滅的だったのを思い出す。
いち早く消し去りたい記憶だ。



「次は何語の本借りるの?」

「ドイツ語」

「フランス語は?」

「読めるがあまり好きじゃない。フランス文学は俗っぽいからな」



へぇ、と綱吉は返事を返して手元にあったドイツ文学の本をパラパラと捲った。
全然、全く。
内容が分からない。



「ドイツ文学はカッチンコッチンだから、スカルには丁度いいかも。なんちって」



えへへーと緩く笑って分かった様な事を呟く綱吉の手から本を受けとるついでに、スカルは彼女の頬をつねって伸ばしてやった。
柔らかくてモチみたいだ。



「痛い痛い!痛いですごめんなさいぃ!」

「人を勝手に分析するな。というかアンタに言われたくない……」

「だからなんちって!って言ったじゃん!」

「知るか」



ぱっと手を離せば、綱吉は赤くなった頬を摩っていた。
小さく「……DVだ」と聞こえてきたが、家族でもなんでもないので、これまたスカルは綱吉を放置する。



「ほら、帰るぞ」



だが置いてく訳には行かないので、声はかける。
すると綱吉は涙目のまま、スカルの言葉に従って彼のあとをちょこちょこと付いて行く。


それを見て、通りすがりの誰かが「本当に犬みたいだ」と言っていた。


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