りく

□恋に落ちたので。
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外はやはり体の芯まで冷える程に寒い。
綱吉はほうと息を肺から絞り出すように吐いて、空を仰ぐ。
白い吐息に似た濁り具合の灰色に、更に気分も寒くなる。
これから課外なのだ。
冬休みなのに、残念な事この上ない。
課外といっても補習同然。頭の悪い綱吉がテストで赤点をとるのはいつものことで、もう課外は恒例と化している。
なぜ補習と言わないのかといえば、綱吉の通う高校が進学校で特に周りの目を気にしているからに違いない。
補習より、課外と言った方が聞えがいいのである。

よく進学校なんかに入れたなと言われれば、きっと父親のコネがあったからだろう。
中学3年のある日、「ツっくんはお父さんと同じ学校に通うのよ〜」とにこにこと眩しい笑顔で母親に言われてから、それが実現してしまったのには綱吉自身も大いに驚いた。



「毎日寒い中大変だな、ダメツナ」

「煩いなぁ」



外へ出て早速、隣の家のリボーンが窓から顔を出していらん言葉を投げ掛けてくる。
視線を返せば、美しい顔。
性格は悪いがリボーンは生徒会長をしている男で、実を言うと綱吉に惚れていた。
例え今は席が埋まっていようとも、チャンスは常に伺っている。



「俺んちでやりゃあいいんだ。特別に学校に頼んでやってもいいぞ」



ククッ、と猫のように目を細めて笑うリボーンに、綱吉は苦笑いを漏らして首を横に振った。



「リボーンのは命令だろ?それに俺、学校ついでに寄るとこあるし。だいじょーぶ」



くすくすと笑う綱吉に、リボーンはやれやれと肩をすくめる。
何が学校ついでに、だ。
綱吉の場合は寄るとこついでに学校に行く、が正解だろう。
全く気にくわない。
気にくわないが、綱吉が幸せそうなので何も言えない。



「そうかよ。まー気を付けてけよ、ダメツナ」

「おー」



リボーンはフンと鼻を鳴らすと、窓をしめて部屋に戻っていった。
寒いところ態々おちょくる言葉をかけるためによくやると思う。
綱吉は妙にリボーンに感心しながらも、自転車に乗り、ハンドルを握ったときに手袋越しに伝わってくる冷たさに思わず身震いをした。
これは早い所学校に向かった方が良さそうだ。
綱吉は気合いをいれるように一人頷き、顔半分をマフラーに埋めてペダルを強く踏む。




勉強は、昔から得意じゃない。
全盛期といえば、1+1を難無く答えられた時くらいだ。
掛け算が出てきて直ぐ堕落したことを思いだし、綱吉は眉を潜めた。
思い返せば、毎年のごとく課外に参加させられていてもう休みが削られる事にも慣れてしまった自分がいる。
諦めがついたといってもいいだろう。

狭い小路を走り抜ける。
ここ一体は山ばかりなので、坂が無駄に多いのが辛い。
石で出来た階段の所は、自転車から下りて手で押して行く。
すると目の前に海が現れた。
潮風が頬に叩き付けられて、肌が寒さに痛む。
坂を下りて海へと続く大きな道路へと出る。
波は少し荒いようだ。

綱吉は砂浜に見知った姿を見付けてとりあえず挨拶程度に叫んでおいた。



「コロネロォオー!」



ごうごうと鳴る潮風に邪魔され声が届いたか心配だったが、どうやらちゃんと届いたようだ。
金色の髪が眩しい、ここの海よりも綺麗な蒼を瞳に持つ青年が此方に向かって大きく手を振ってくれた。



「ようツナ。今日も課外かコラ」

「そー。コロネロもこのクソ寒い中サーフィンなんてよくやるねぇ」

「好きだからな」

「俺は別に課外が好きって訳じゃないんだけどね」



他愛のない会話をいくつか交す。
コロネロもリボーンと同じで生徒会に所属している、綱吉と同級生で同じクラスだ。
その麗しい顔と体つきで、サーフィンが得意というのは罪だろう。
綱吉は羨ましいなぁと唇を尖らせて、コロネロにじゃあと手を振った。
課外に遅れると、担当の教師が煩いのだ。

ペダルを再び漕ぐついでに後ろを振り向けば、コロネロが再び海へと向かっていた。
そらには鷹が高く鳴いて飛んでいる。
あれはファルコといってペットみたいなものだとコロネロは笑っていたが、鷹をペットにするなんて中々出来ない事だろう。



「うぅ、寒いぃ」



寒さで耳が痛い。
きっと真っ赤になっている筈だ。
鼻も、頬も。
顔が寒さで赤くなると、童顔が更に強調されると言われた事があるから嫌なのに自然現象というものは止める統べを持たないから憎い。
もっと防寒具を装備するべきか考えて、いやいやと綱吉は首を横に振った。
耳当ても、幼さを強調する道具だ。







「あれ?マーモンも課外?」

「ム……君と一緒にしないでよ。僕は資料室に用があるんだ」

「資料室……?」

「うん」



資料室に何があるというのだろう。
妙にルンルンなマーモンに首を傾げながらも、綱吉は課外に参加するため教室に足を踏みいれた。
彼も生徒会に所属している。
積極的な性格ではないだけにどうしてと問えば、条件がいいんだよと答えてくれた。
綱吉は何の条件かは知らないままだが、金になる情報を探しているという一般常識的にどうなの?という残念な条件なので、これは知らないままでいいだろう。


海が見える窓際の席に座り、綱吉は黒板の上に置いてある時計を見る。
時刻は十時。
まだあの店は閉まっている。
彼は今、一体何をしているだろうか。

朝食の後片付け、本棚の整理、骨董品磨き。
さて、どれだろう。
綱吉はそこまで考えて、自然に顔がにやけていることに気付き慌てて直す。
良かった、まだ担当の教師が来てなくて。




「ツナ!」



課外が終わって、廊下を歩いていると後ろから声がかかったので振り向く。
するとラルが此方に走って来るのが見えた。
廊下は走るなよ、とは言えない。
だって彼女も生徒会に所属していて、何よりも男勝りだから。



「課外か?」

「うん。ラルは?」

「俺は部活の大会が近いから、その打ち合わせだ」

「へぇ、大変だね」



冬となればもう3年生は卒業に向かい受験に集中する訳なので、ラルが部長になっていても全然おかしくない。
寧ろ身体能力的にはラルが一番良いので、1年の時から上に立ってはいたのだが。



「女バスもたくさんいい成績を残してるから、きっと先生達も大喜びだよ」



てくてくと、下駄箱まで一緒に歩く。
廊下も隙間風やら陰になっているやらで随分と寒い。



「ツナは、俺が頑張って賞を取ったら喜んでくれるか?」

「勿論!嬉しいよ」



そう綱吉がラルに微笑むと、彼女も満足そうに頷く。
対する綱吉の方は、その満足気な様子に疑問符を浮かべながらもそのまま微笑んでいた。



「昼はどうするんだ?」

「あー……。俺、寄るとこあるから」

「スカルの所か」

「そう」



今綱吉の顔が赤いのは寒さのせいでは無い。
分かりやすすぎるその反応に、ラルは小さく溜め息を吐く。



「よく飽きないな」

「うーん。こればっかりは飽きようもないよ」



しかも思わぬ所でノロケられた。
これは痛い。
主に此方の心が。
けれどもやはり綱吉が幸せそうなので、ラルは下駄箱から靴を取りだすついでに綱吉の頭を軽く叩いておいた。
乙女の純情を天然で潰していく綱吉は、ある意味残酷な奴かもしれない。



「スカルに冬休みが終わったら覚悟しとけ、と伝えておいてくれ」

「へ?何で?」

「何でもだ。じゃあな、ツナ。気を付けてけよ」



寒さにも負けず颯爽と帰っていく彼女に、綱吉は流石に首を傾げた。
ラルは時々よく分からない事を言う。
そういえば、リボーンもコロネロもマーモンも。

スカルに会ったら聞いてみよう。
そう決めて、自転車置き場へと足を運ぶ。

眠くて寒くて辛い課外が終わり、漸く愛しい彼に会える。
綱吉はにやけた口を隠す為にマフラーを大いに活用して、自転車に跨った。
寒さも、今はあまり感じられない。
恋だの愛だのは、いつだって不思議でいっぱいなのだ。



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