りく

□in Chinatown!
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室内に充満するのは煙草の香り。
夜の繁華街。
いかにも、という雰囲気は世界各国共通の様でこの国も例外にもれずであった。
裏路地に入り込まなくとも、目の前でゆうに取引きされる麻薬。
チャイナタウンはこういった腐った輩が入り浸りやすい。
治安が悪いのだ。政府も呆れて野放しにしているため、そのまま奴らはのさばっている。
大体政府というものは、他国に干渉されない限りは中々動こうとはしない。
寧ろ表の貿易だけでなく裏の貿易と繋がっている人間がいたりするので、逆に政府のお堅い人間と言えどもそういった事情に足を突っ込み悦楽に浸っているケースなんかもある。

チカチカと眩しいくらいに光る安っぽいネオンに目を細めながら、一人の青年は繁華街を歩いていた。
顔立ちは中国系ではなく、日系。しかしそれはブルーの旗袍に紛れて違和感は無い。
淫らに誘う娼婦の間をおどおどとすり抜けて、たどり着いたのは何のへんてつも無い飲み屋。
青年は童顔であったが、子供だから駄目だと断り止めてくれる甘く優しい人間は生憎この街には居ない。
左、右と確認をしてから店内に足を踏みいれる。
何台か置かれている麻雀卓のニ・三席が冴えないオヤジ共でうまっていた。
どいつもこいつも、汚れた麻の旗袍を着て浮かない顔で牌をいじくっている。
ふと、青年はカウンターに立て掛けてある簡易掲示板の前で立ち止まった。
じぃ、と深い琥珀でそれを見つめているとマスターと目が合う。
マスターと言っても洒落ている訳ではなく、そこで冴えない麻雀に精を出している冴えないオヤジに紛れる事ができるような面、そして身なり。
繁華街といえども、治安が悪いこの国に洒落た店は数えられるくらいしかない。
ただ賭博に良く使われるという理由で、身なりのいい輩がうろつくのだ。
とりあえず、観光程度に。



「今日は風速0.5ですか」



青年の言葉に、マスターがニヤリと笑う。
風速という婉曲表現で掲示板に色を添えるのはカモフラージュみたいなものである。
因みに風速0.5は麻雀のルールにおいて1000点で50円賭けられるということだ。
まぁそれでいいや、と青年が奥へと続く扉に足を運ぼうとした瞬間、マスターが首を横に振った。
何事だと彼を伺えば特別良い場所を教えてやるという。
青年はキョトンと呆けた顔をしてから、とりあえずこくりと頷いた。




賭博というものは運勝負だと言う奴が多いが、実際の所頭脳戦だ。
考える奴ほど勝率が上がるし、考える奴ほど大金を手にする事が出来る。
紫色の旗袍を身に纏った男がチラリと扉に目をやる。
藍色の旗袍を身に纏った男はフンと鼻を鳴らした。


この二人の男は異様だ。
青年はマスターに案内された部屋に足を踏み入れ、小さく溜め息をつく。
一般人ではないあっちの人と勝負をしたことがあるかと問われたら、ある。
しかしこの男達の異様さはそういった類のものではなく、その顔立ちにあるだろう。
アジア系とも西洋系ともつかないが、美しい容姿をしていた。
もっとも、藍色の方はフードを上に纏っており顔は確認出来ないが、その顎のラインから秀麗であることは安易に想像できる。



「ム……ガキ?」

「らしいな」



ぽしょり、と藍色の方が中国語ではない別の言葉で紫色の方に囁く。
多分此方を見ながら話しているあたり、陰口か何かだろう。
尻の青い餓鬼どうこうと言われるのには慣れたが、やはりいい気はしないので陰口は陰で言ってほしい。



「始めよう」



マスターが愉しそうに笑う。
新入りが来てウキウキしているのだろうか。
青年と藍色の男と、そして触れてこそいなかったがあと二人の男が席に腰かける。
どうやら紫色の男は見学の様だ。
全くいい御身分だこと。
ジャラリ、と牌が麻雀卓の上で声を上げた。


さて、勝負の始まりだ。
青年は牌を見つめて肩をすくめて見せる。
この仕草に他の男達は不機嫌丸出しに表情を歪めたが、藍色の男はさして気にした様子もなく鼻を鳴らして見せた。
タチの悪い師匠から教えてもらった教養としては、彼はどうやら出来る奴らしい。成程。


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