りく

□Cange
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サイハテの森の闇がざわめく。
木々がキャタキャタとコウモリと戯れて笑っているようだ。
闇に身を溶かした梟も、ぎょろぎょろと瞳を光らせては侵入者を睨みつけている。
サイハテの森は天国と地獄の狭間にある絶対不可侵領土。
サイハテの森には法律がない。
しかし、法律が無い代わりに誰も守ってはくれないのだ。
地獄から逃亡してくるものが身を潜め、天国から追いやられた堕天使が息を引き取る場所。
天使にも悪魔にも、サイハテの森は近寄り難い場所であった。
紫や赤に色を変えながら空が月とも太陽とも思えぬ球体を不気味に映し出している。
森に入ればまるで全てが幻覚で出来ているような錯覚に囚われた。

びゅおう、と風を切る音が聞こえると梟が身を木に隠す。
真っ暗な木々の中を、一匹の真白な鳥の様なものが縫うように飛んでいく。
金髪の髪は闇にほどけるようで、風にナビいては遊んでいる。
闇を見据える瞳は、神が人間に与えた地球の次に大きい海のように深く澄んだ蒼だった。



「ツナ!」



闇の中に優しい光を見い出した真白な鳥―――……天使は、声をだしてそれに大きく呼び掛けた。



「コロネロ!」



すると声が帰ってくる。
淡い栗色の髪に、ブランデーを浸したような瞳。
真黒な衣装に身を包み、それはほどよく熟れたチェリーのような唇を尖らせた。



「待たせたなコラ」

「ううん、大丈夫。サイハテの森は地獄より天国の方が遠いんだから仕方ないよ」



少年の姿をした天使が悪魔に抱きつくと、悪魔も嬉しそうに笑う。
天使の名をコロネロ、悪魔の名をツナと言うのだが、この二人はぞくに言う恋人同士というヤツだった。
天使と悪魔は決められた時にしか会えない。ましてや恋なんていうものは言語道断である。
天使が地獄へ行くことは許されず、逆もまたしかり。
唯一二人が逢い引き出来る場所と言えば、法律の無いサイハテの森だけだった。
此処には、神や他の奴らに通報する輩は居ない。
たとえ身に危険が及ぼうとも恋人に会えるのならば二人は構わなかった。


コロネロとツナが出会ったのは、丁度五年前。
神が主催する盛大なパーティと称する監査の中で2人は恋に落ちた。
未だ天使は悪魔に、悪魔は天使に偏見を持っている時代ではあったのだが、不思議と目を合わせた瞬間にそれは何処かに吹っ飛んでいき見事に打ち消えていったのだ。
まるで、足りなかった何かが心に当てはまったような感覚。
磁石が対極と強く引き合わされるような感覚に似ていた。
お互い当時10歳という若さではあったが、過ちを侵すには十分な年頃である。

ツナは悪魔だ。
それなのに殺生を好まないという。
天使も悪魔も、結局は血筋から成り立っている。
コロネロとツナは各々の場所から様々な人間の生死を見てきたが、自分達の関係は敵方に恋をしたあわれな盲目の戦士だと思った。
恋に視力を奪われ、その心は苦悩よりも幸せに満ちたまま死んで行った男だ。
ただ、コロネロ達はあっさり死んでいくつもりは毛頭無い。
恋人を前にして、囚われてたまるものか。



「ねぇ、コロネロ」

「何だ」



灰色に咲く不気味な花々の中から一輪千切って、ツナは花びらを一枚とり口へと運ぶ。
ちゅ、と唇に口付けた瞬間それは灰色の蛾に姿を変えた。
コロネロならば美しい蝶にさせることが出来るのに、と思ってツナは小さく肩を落とす。



「いつまでこのままで居られるのかな。俺達って」



いつまで。いつまでこの幸せは続くのだろうか。
五年もの月日は長いようで短い。
しかしこれからの事を考えると、良く五年も持ったと言えるだろう。



「変えたいか?」



ニッ、と笑うコロネロに、ツナは強く頷く。
運命だなんて、今更。
そんなものは蹴散らして何処かに流してしまえばいい。



「方法は無い訳じゃない。何か絶対にある筈だぜコラ」



コロネロも状況を打破する事には大賛成だ。
この鬱蒼とした関係は、幸せ。
いつも周囲にバレないように気を使い、自ら制限を持って恋人と会う。
しかし天使にも欲はあるのだ。
今時欲を持たない美しい天使なんて、数える程しか居ないだろう。
欲望は尽きる事を知らない。
一つ手に入れば十欲しくなる。



「三日後、正午の鐘が鳴ったらここで待ってろコラ。俺が調べて来てやるぜ」



生憎、頭は弱くとも知識だけは豊富な奴がコロネロの近くにいるのだ。
コロネロは真っ直ぐに見つめてくるツナの唇にキスを落として強く抱き締めた。
ツナも口端を上げてキスに応じる。

ほう、と全てを知っている梟がひと声上げて月を仰いだ。





その日の午後は風も穏やかにとても気持のいい物だった。
天国は地獄と違って一年中春のような天候に恵まれている。
雨も降るには降るが、いつも決まって五月雨のように細く柔らかな雨。
地獄の天候は変わりやすく激しい雷雨を伴うと聞くので、ディーノは紅茶を片手に寛ぎながらやはり住むなら天国に限るよなと呑気に和んでいた。



「入るぜコラ」



ノックも無しに入ってきた少年に、ディーノは苦笑いを漏らす。
この少年は大体こうだ。
気にしない。



「珍しいな、お前が来るなんて」



声をかければ、綺麗な顔が歪む。
ただでさえ目付きが悪いというのに、更に恐くなった。



「ったりめーだコラ。用がなきゃンな所なんかに来るかよ」



ケッ、と吐き捨てたコロネロは、ディーノを無視して部屋の奥に足を進める。
ディーノは司書を務める天使だ。
ドジで間抜けで使い物にはならないが、知識だけは一級品。
コロネロは本を読むと寝るか苛々しだすタイプだったので、図書館に足を踏み入れる事なんて今までに一度もなかった。
どんな心境の変化だよ、とディーノは思ったが口には出さないでおく。
どう考えてもその方が無難だろう。

しかしこうして情報を求めて図書館なんかにやって来たコロネロだが、本当に欲しい情報が手に入るのか疑問を抱いている。
きっとコロネロの求める情報は禁書に書かれていてもおかしくない事項であるし、禁書は暗黙の了解で行われる内容が記してあるので制限がかせられるのだ。
そんなものが図書館にあるか否か。



「何探してんだ?」



本棚を凝視するコロネロの後ろから様子を見に来たディーノが声をかけてきた。
探すことを面倒だと早々に感じ出したコロネロは、直球でディーノに聞いてみる事にする。
ディーノは頭は弱いが話の分かる奴だった。



「天使が悪魔になる方法」



そっけなく答えれば、ディーノは何かを考え込むように手を顎に当ててうーんと唸る。



「天使が悪魔になる方法は聞いたことないけど、人間になる方法は読んだことあるぜ」

「…人間?」

「あぁ」



知りたい?と笑うディーノの膝を蹴ってコロネロは勿体ぶらずに教えろと睨みを効かせた。
全く天使らしくないコロネロに、ディーノは苦笑いしか漏らせない。



「悪魔の血を飲むんだよ。逆もまたしかり。悪魔も天使の血を飲めば人間になれるらしい」

「へぇ」



つっても悪魔の血なんて入手困難だけどな、と呑気なディーノにコロネロは心の中で笑った。
思い浮かぶのは、勿論愛しい恋人の顔。
あの悪魔に似合わない優しい笑顔だ。


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