りく

□Snow drop
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夏が去って、雲が高くつき抜ける空に薄く伸びている。
コロネロはだるそうに誰も居ない教室で待ち惚けをしていた。
自慢でも自惚れでも何でも無いが、この後に起こることは安易に想像できる。
どうしようもなく面倒臭いことだ。


ガララ、と教室の引き戸が開いてひとりの可愛らしい少女が入ってきた。
その瞳は不安気に揺れている。
それはコロネロが居たという安堵の色も含まれていて、何やら乙女の心同様に複雑な構造だ。
コロネロは少女に気付かれないように、小さく溜め息を吐いた。



「あ、の……コロネロ君」



少女が蚊の鳴くような声で呟く。
泣きそうだ。
否、きっと泣く。



「わたし、前から貴方の事がずっと……好きでした。付き合ってください…!」



瞳をぎゅっと瞑ってうつ向いた少女。
黒く長い髪が、さらりと肩に落ちる。
彼女が見た顔であるのは、毎回サッカーの試合を見に来てくれていたからだ。
控え目なのに行動的。
まぁ押し付けがましい女よりは断然いい。



「悪ぃなコラ。気持ちは嬉しいが他を当たってくれ」



断然いいのだが、それとこれとは全く違う問題だ。
優しくしたら、女というものは離れない。
コロネロはなるべく冷淡に言い放って少女の横を通りすぎた。
用はもう終りだ。
コロネロは帰るために教室を出て、足を進める。
後ろからすすり泣きが聞こえてきたが、聞かないように心掛けた。





「おーっす、おかえりコロネロ」



店頭の花をいじりながら、ひとりの少年がコロネロに話し掛ける。
少年の名は綱吉。
コロネロの幼馴染みで、同級生だ。
そんな綱吉はコロネロの家でバイトをしている。
コロネロの家は商店街にある普通の花屋だ。
人は似合わないというし、まさに自分でもその通りだと思っていた。



「シケた顔してるなー。あ、また女の子泣かせたんでしょ?罪だねー青少年」



ぷぷぷ、と笑う綱吉の頭を軽く殴ってコロネロはその頬をつねりあげる。



「いはいいはい!うほへふ!ほへんははい!」



涙目になって静止を求める綱吉にコロネロは手を離し、大きく溜め息を吐いた。
そんなコロネロに、綱吉は困ったように眉を下げる。



「ごめん。冗談のつもりだったんだけど…」



まさかマジだとは、と呟く綱吉もコロネロが良く告白に放課後呼び出されている事は知っていたのだが、今日は普通に部活を終えて帰ってきたのだとばかり。



「別に構わねーぞコラ」



ケッ、と吐いた後で顔を元に戻しコロネロは綱吉にデコピンをかます。
コロネロが告白を全て断っている理由の大半を締めているのは、他でもない綱吉である。
なんというか、コロネロにとって綱吉は手が放せない存在だった。
ダメツナとあだ名がつけられるだけあって、ドジでダメで加えてオツムが弱い綱吉に自然と「俺が守らなきゃ誰が守るんだコラ」という信念がコロネロに湧いたのは仕方がない。

しかし今回の少女はマシな方だ。
中にはコロネロが帰り支度をしているときに声を掛けて「人を待たせてる」と断られた少女だっている。
しかも「絶対に今日の放課後じゃなきゃダメで究極に重要な話」とプッシュした上でのお断りだ。
勿論その待たせてるヤツというのは綱吉である。
部活がない日は、綱吉と帰るとコロネロは決めていた。



「親父はどうしたんだコラ」

「配達に行ったよ」



にっこり笑って花飾りを造り出した綱吉の横に椅子を持ってきてコロネロは腰を下ろす。
綱吉がコロネロの家でバイトを始めてから、もう一年が経つ。
中学生なりに小遣いが少ないからと生意気な言葉を吐いて綱吉がコロネロの父親に頼み込んだのだ。
コロネロは綱吉の真意を知らない訳ではなかったし、コロネロの父親も丁度人手が足りなかったんだと笑って承諾をした。



「はい完成」



見れば上手くできているそれに、コロネロは「ほーう」と片眉を上げる。
はじめは酷いものだった。
無器用にも程がある、とコロネロが肩を落としたくらいには。


えへへ、と微笑む綱吉は花が似合う。
昔から変わらない雰囲気と表情にコロネロは心が満たされていくのを感じた。
「上手いじゃねーかコラ」「いやいやそんなー」とほっこりした空気が流れたその時、客が来た。



「あ、獄寺くんだ」



獄寺隼人。
綱吉がバイトを始めてから、店のお得意様になったヤツである。
コロネロはムッとした表情で獄寺を見た。
そんなコロネロに気付かない綱吉は、獄寺に近寄って笑いかける。
客だから仕方がない。
そう分かっていても、心は納得していなかった。
アイツは、綱吉を狙っているのだ。
分かりやすすぎてこちらが参る。



「今日は来てくれないかと思ったよ」



微笑む綱吉に、獄寺は嬉しそうに笑う。
嗚呼、気に食わない。
綱吉も綱吉だ。
あんなヤツに愛想なんか振り撒かなくてもいいのに。



「す、すみません!今日はちょっとばかし用事があって。それに、ここに来るのが俺の楽しみなんです!」



ニッ、と親指を立てる獄寺に綱吉は先程作った小さな花飾りを差し出した。
いつものお礼、とはにかんだ様に説明すれば、獄寺は顔を赤くして何度も何度も綱吉にお辞儀を繰り返す。
コロネロはテーブルに寄りかかり頬杖をしながらツマラナソウにその光景を見つめた。


ふんわりとした景色に馴染む綱吉と、全く馴染まない獄寺。
客としてはありがたいが、コロネロはどうしても好きになれないでいた。
というよりも、むかつく。



「今日は、コスモスを頼んでいいっすか?」

「うん、何色がいい?」

「し、白で……」

「はーい」



綱吉は白いコスモスを何本か手に取り、軽い包装をあしらってから獄寺に手渡した。
獄寺は獄寺で綱吉から受けとる時に手が触れた際、更に顔を赤くして何だかせわしない。



「白いコスモスの花言葉は、乙女の純情なんすよ」



照れながら綱吉を見る獄寺に、綱吉は「へー」と返して凄いね獄寺くんって物知り!と流す。
肩を落とす獄寺に、思わずコロネロはプッと含み笑いを漏らした。
伝わらない。
伝わる筈がない。
その程度のアプローチで撃沈しているのは獄寺だけじゃない。
他の輩をも問答無用で切り捨てていく。
綱吉は、昔からそういうヤツだった。
天然というのは、罪である。
といっても、コロネロも乙女の純情を踏みにじっている辺り綱吉のことは言えそうにない。



「俺も獄寺くんの事見習った方がいいよね」



獄寺が帰った後で、綱吉はポツリと漏らす。
この花屋に就職しても構わないというのが綱吉の心だ。
確かに職にするのなら、色々勉強したほうがいいだろう。



「今日は泊まってくのかコラ」

「あー、うん。そうしよっかな」



コキコキと肩を鳴らしながら綱吉はコロネロの隣に座り、頷く。
コロネロが母親を昨年病気で亡くした事をきっかけに、綱吉がコロネロの家に頻繁に泊まる回数は増えた。
その時は、綱吉が夕食を作り溜った洗濯を一気に片付けている。
去年からの彼の口癖は「俺、これ好きだから」だ。
面倒くさがりの綱吉が、家事を好きな訳がない。
何故親友の為にそこまでしてくれるのかと聞くのは愚問。
コロネロはそう思っているので、綱吉の好きにさせることにした。



「今日はコロネロの失恋記念日だね」

「おい、俺がフラれた訳じゃねーぞコラ」



ごつん、と軽く綱吉の頭を殴れば痛いと唇を尖らせている。
コロネロはフッ、微笑んで綱吉を眺めていた。
飽きない。
飽きる訳がない。
今までも、これからも。
ずっとだ。



「あ、てんとう虫」



花の陰から現れたてんとう虫を指にとめて綱吉は微笑む。
てこてこと、指先までてんとう虫は進んでいく。
コロネロよりもずっと小さな手。
白くて、紅葉饅頭のように子供のあどけなさを持ち合わせている。



「あっ」



少し驚いたような声が小さく響く。
見れば、てんとう虫が羽を広げて飛んでいったところだった。


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