りく

□Bird in my mind
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突き抜けた空は、冬。
枯木には幾匹かの鳥達。
綱吉は何故か唇を尖らせて、小さく「鳥園」とだけ呟いた。



「……鳥園?」

「なっ、なんだよその目は…!いいじゃん別にいいオッサンが鳥見に行ったって!」

「別に悪いとは思ってないよ。ツナヨシがついに老人思考になったと思っただけでね」

「ろっ、ろうじ……ッ!」



ひでぇ!と叫ぶ綱吉はそれでも鳥を見るのは楽しいんだと主張してくる。
マーモンには分からないことであったが、確かに鳥達は可愛い。
それにバードウォッチング自体も良いことだと思う。
今のは、なんというか愛ある皮肉だ。
それにしても。
癒されたいのだろうか、このボスは。



「一度…前に抜け出した時に見付けて。入ってみたかったんだ」



水曜日しかやってないんだヨ、と呟き振っている手を更に大きくした子供のような綱吉に、マーモンはやれやれと肩をすくめる。
にしてもこんな田舎まで抜け出して来ていたなんて、正直言うとビックリである。



「鳥園見に行ったら、帰りはカフェにでも寄らない?」

「ム。ツナヨシの奢りならね」

「もちろん。美味しいドルチェがあるんだ」



マーモンに教えたいと思っていたところだから丁度いい。
すねた表情をまた笑顔に戻して綱吉はマーモンに誘いをかける。
表情が豊かなところは、彼の長所だ。
けれども、顔にすぐ出るところは彼の短所であった。



「あった。あそこ」



手を握っていない手で、チョイと前を指させば、小柄なビルの様な建物。



「…本当にあれかい?」

「うん。あのビルの管理人さんが屋上に勝手に作ったんだってさ」



良く見付けたなと褒めたいくらいには地味な建物。
本当に鳥園といえるほど鳥はいるのだろうか、と些かというよりは物凄く疑問を持ったマーモンだ。
しかし綱吉はそんなマーモンにおかまいなしにビルの入り口へと進んで行く。
そして自動ドアが開き、管理室窓口を叩いて噂の管理人に600円払っていた。
一人300円らしい。
高いな、と財布の紐が固いマーモンは思ったが口には出さないでおいた。
管理人もいい年をしたオジイサンだ。
いたいけな年寄りにケチをつけるほど、マーモンは道徳をわきまえていない訳ではなかった。
大体、あのザンザスは抜きにして考えれば皆マフィアなんてのはそんなものだ。
害のない一般の奴らには優しく接する。



「すごい、今日初めてのお客さんだって」

「きっと今日最後のお客さんでもあるよ」

「うっ、確かに……」



奥にあるエレベーターに乗り、3階まで上がる。
あの坂から、ずっと手は握られたままだ。
冷たかった綱吉の手も、マーモンの体温が移ってじんわり暖かみを帯てきた。



「何がいると思う?」

「鳥」



無関心に答えたマーモンに微妙な視線を向けながら、綱吉は屋上へ出る扉のドアノブを掴み、そして開く。
ボロいビルの扉なので少々扉の金属部分は錆びており、中々に嫌な音を発する。

青い空が見えて、寒風も吹き込んできた。
陽射しが暖かいとは言え、やはり風は冷たい。



「うーおー」



目の前に現れたのは、大きな鳥籠型の檻。
その中に、沢山の鳥が入っている。
円状になっているので、周りをぐるりと一周できる造りだ。
にしても狭いから、一周なんて長く眺めて3分、歩いて1分、走って30秒も満たないくらいなので、本気で簡易鳥園だと言えよう。

しかも何が一番驚きかって人の通る道に孔雀が放し飼いになっていることだ。
一応柵はあるものの、外に逃げたりしないのだろうか。



「自由だね」

「ム…ある意味ね」



てくてくとそこら辺を歩き回る孔雀達を無視して此方も歩く。
その間に綱吉から「孔雀って飛ぶの?」と聞かれたが分からないので「知らない」とだけ答えておいたマーモンだった。
幾ら博識であっても知らないものは知らない。
分からなくても支障のないことは分からないままだ。
綱吉も何と無く聞いただけだったのか、ふうんとだけ返して檻の中の鳥を眺めていた。
マーモンは先程管理人から貰ったパンフレットを片手に、自由な孔雀を眺めてはやはり首を傾げている。
最終的にアレは幾らで売れるのだろう、という思想にたどり着いてた。



「ねぇ、あれ何?」

「オウム」

「あれは?」

「インコ」

「……じゃあ、あれ」

「謎」



ばっさばっさと切り捨てていくマーモンに若干涙目になった綱吉は抗議の声をあげる。



「マーモンパンフ持ってんだろ!」

「ム。だってコレ種類が書いてないよ」

「うそだよ!」

「…本当だよ」



ほら、と見せ付ければ綱吉はぐうと黙ってしまった。
それもその筈、その管理人の手作りであろうパンフレットには鳥の種類も名前も書いておらず、否名前は書いてあるのだが、管理人が付けた「ぴーちゃん」だとかセンスの無い名前のみしか書いてなかった。
しかもその写真も若干ぶれていたり、似たり寄ったりな鳥(というか種類が被っている)が沢山いるので最早どれがどれだか判断がつかない状態である。



「あっ、ほら。あれが『グスタフ』だよマーモン」

「ツナヨシ、良く分かるね」

「え?直感」



直感かよ。
もっといいところで使えよ、直感。
明らかに残念すぎる用途な超直感にマーモンは呆れて大きく溜め息を吐いていた。



「マーモン、エサが自動販売機で売ってる!」



何故かきゅんとした表情で綱吉は早速硬貨を入れて鳥達の餌を買う。
こんな場所ではしゃげるなんて、と思うがそれはきっと少年だった頃の反動に近いのだろう。
引きこもりだった綱吉は、大人になって強制的に引きこもらされている。
なので全力で楽しむということをその歳になって漸く覚えたらしかった。

ぱらぱらとしゃがみ込んで孔雀に餌を与える綱吉という図は中々にシュールだ。
マーモンはそれを横で眺めていた。



「ツナヨシ、君って鳥好きだったけ」

「うーん。最近ね」



灰色のコンクリートの上にばら蒔かれた餌を孔雀達がつついている。
その間に綱吉が手を伸ばして孔雀を触ってみようとするも、逃げられていた。
そのあとで分かりやすく肩を落としている綱吉は、力なく笑ってマーモンに向き直った。



「空、飛べるのが羨ましくてさ」

「ム…ツナヨシも飛んでるじゃないか」

「いや、それとこれとは別だろどう考えても!」



飛べるかと聞かれたら確かに飛べるが、そういう意味ではない。



「分かってるよ。ツナヨシ、君は自由になりたいんでしょ」

「うん。でも最近自由がなんだかよく分からなくなってきたんだ」



仕事を辞めて、マフィアを辞めて。
それを経てして自由になったところで、きっと失うことのほうが多い。
何よりも辛いのは、マーモンを含めたファミリー達と別れることだ。
今更孤独になれと言われても、無理な話である。



「だから、俺には脱走くらいが丁度よくて。鳥は空を気持ち良さそうに飛ぶ自由の象徴だから、一生手の届かない俺には憧れの存在なんだよ」



しんみりとした空気が流れて、それでも綱吉は孔雀に触れようと手を伸ばす。
全くふざけてるんだか何なんだかよく分からない大人だ。
真面目な話をしている時にだらけないで欲しい。
逃げようとした孔雀が羽を羽ばたかせ、風を起こす。
その拍子に埃やら餌やらが飛んできて綱吉のみが被害を食らっていた。
自業自得である。



「もしツナヨシが鳥になったら」

「ん?」

「もしツナヨシが鳥になったら、僕が捕まえて籠に入れといてあげるよ」

「それ鳥になった意味なくない!?」



やだよ!と素直に叫ぶ綱吉は残りの餌を適当にばら蒔き、漸く腰をあげた。
そして先程と同じようにマーモンへと手をさしのべる。
マーモンも何も言わず綱吉の手を取り、ぎゅうと握った。
嗚呼、せっかく暖めたのにまた冷えてきている。



「でも鳥になったら、こうやってマーモンの手も繋げないから。今が一番幸せだよ」



ふわりとやんわり微笑んで、綱吉はまた繋いだ手を揺らす。
思わぬ台詞に、マーモンはムムッと唸って照れ隠しに綱吉の足をとりあえず蹴っておいた。

ずるい。
これだから逃がしたくないのだ。
ずっと、心の檻に閉じ込めて置きたい大空に溶ける青い鳥。

マーモンはそれでも何だか悔しさが拭えないので、少し背伸びをして綱吉を引っ張ってちゅっと軽いバードキス。
生憎孔雀は餌に夢中で気付いていなかった。



「これも幸せのひとつでしょ?」

「えっ、うー…うん…?」



訳の分からない内に騙されていく可愛い可愛い小鳥だ。
この鳥園の籠の中の鳥達よりも、世界中のどんな鳥達よりも綺麗。

かあぁぁ、とまるで音を立てるかのように赤く染まっていく顔にマーモンは満足して、繋いだ手を引っ張った。



「お腹減った。ツナヨシ、奢ってくれるんでしょ」

「そ、うだね。よし、じゃあ行こっか!」



眉を下げて微笑む愛しい人。
部屋からは出してあげるけど、心からは出してあげない。
マーモンはそう心の中で呟いて、綱吉の手を強く握り返した。


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