りく

□Equality
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綱吉は早速負けそうになっていた。
混乱のあまり、思わずトイレに駆け込んだのがついさっき。
嗚呼、まだ頭がグラグラする。
おまけに、顔も真っ赤だ。
鏡に映った弱そうな自分に「負けるな俺!」とエールを送ってから綱吉は意を決して部屋に戻る。



「あー、と。夕飯は…和食でいいんだっけ?肉じゃが?」

「ああ。街まで買い物に行くなら後ろに乗っけてってやる」



するとスカルにすい、と手を取られて手の甲にキスを落とされた。
大変だ。
大事件だ。
スカルがおかしい。
押して駄目なら引いてみろと意気込んでいた綱吉も、見事にビビり切っていた。
今日は最初から変なのだ。
いきなり窓から侵入してきたかと思ったら、一輪の薔薇を差し出された。
薔薇。薔薇って。
思わず鳥肌が立ってしまった事も言えずにつったっていると、ふいにされるバードキス。

ぎいやぁあああああ!!と綱吉は悲鳴を上げようかと思ったが、声が出なかったのだけれどもこれは致し方ない。
それほどまでに衝撃的。
こんなんやられて、どうツンツンすればいいのか。
「やめてよ!」と手を払えとでも?
いや、その前に「薬あるけど飲む?なんなら部屋掃除してなくて汚いままだけど俺のベッドに横になる?」と彼の体調を真面目に気にかけた方がいいのか。
とりあえず頭が真っ白になった綱吉は、思考回路がショートしかけたのでスカルを宛ら未確認生物を見るような目で見つめる事しか出来なかった。

でも何が悲しいのかというと、意地に背いて心は素直に喜びを感じてしまっていることだ。
それはこの心拍数と上昇した体温、そして声には出せない黄色い悲鳴とやらが物語っている。
ツッコもうとしても「どこの王子だ!!!」と恋人として寒いツッコミしか思い浮かばない。
完全に参ってしまった。
ハルには悪いが、押して駄目なら引いてみるの前に押し出しをくらいそうだ。
というかもう土俵から突き落とされる自分が目に見えていて嫌になる。

しかも『アンタの手料理が食べたい』と言われた日にはもう。
作るしかないだろうが。



綱吉は自分のアホさ加減に涙を飲みつつも、スカルに逆らえないことを知る。

しかしスカルもスカルで自己に伴う苦痛はとんでもないものであった。
まず自分でやっててうすら寒い。
加えて綱吉の反応が微妙と見せかけて、瞳に見え隠れする熱にどうしようかと思った。
やはり綱吉はこういった愛を望んでいたのだろうか。
愛は平等。
与えた分だけ返されるのが当たり前。

押してみれば、直ぐ様分かりやすい反応が返ってくる。
気まぐれに『好きだ』と囁いてみれば、『うん』とそっけなく返されるのではなく『あああ、と、お、俺も!』と顔を真っ赤にして返された。



「材料は……厨房から取ってくるから、スカルはあの…その…俺のベッドで横になってた方がいいよ」



ね、とベッドを進めてくる綱吉に悪気はない。
しかも返事をする前にとっとと部屋を出て行ってくれたが、これもまた攻める気にはなれなかった。



愛か。
どれが本物の愛なのだろう。
いや、どれもこれもが本物であるのだが。
彼の気に入る愛が分からない。彼からもそれ相応の愛が欲しい。
そのためには、やはりキャラ変えが無難な考えなのか。


スカルは路頭に迷っていた。
始めはヤケになって、意地になって。
愛をくれないのなら、あげないとそう意気込んですらいたのに。
一度愛されたいと思ってしまえば、ガラガラとものの見事に堕ちて行く。

綱吉の居なくなった部屋に静寂がのさばっている。
スカルは息苦しさを感じて、窓を開けた。
ふわり、と風が入ってきて直ぐにカーテンと戯れていた。

何度も思った事がある。
多分これは、これからも何度も思う事だろう。

綱吉はスカルにとって光であった。
優しくて、淡くて、何もかもを包み込む光。
そして光は陰を落とすのが上手だ。
陰は、スカルの心にも降り注いでいた。
陰の名前は、『不安』と云う。

いくら強く抱き締めても、いくら言葉を交していても、いつ彼が消えてしまうか分からない。
綱吉はまるで生きる幻想のようだ。
実の所を言えば、実体がうまく掴めないでいる。


以前二人で街に出た際にも、スカルは不安に取り込まれそうになった事があった。
綱吉は興味が無いように見えて、実は意外と色んなものに興味を示す傾向があるのだが。
例えば、街の一角を指差して『あそこのカフェは骸が好きそう』だとか『あそこの雑貨屋、獄寺くんに似合うね』だとか。
雪を見れば『リボーンに似合う』だとか、海を見れば『コロネロを思い出す』出すだとか。
嫉妬かまでは分からないが、スカルは一度自分はどうだと聞いてみた事がある。
すると綱吉は、愉しそうに笑って『スカルは、俺の見える世界の全部』と抜かした。
嬉しかった。
嬉しかったのだけれども。
つい気になって、『アンタはどうなんだ』と聞いてみれば、綱吉は困ったように笑って小さく呟いていた。
『俺は、大丈夫、』と。
この大丈夫には、安心できる要素が全くないに等しい。
綱吉が居ない世界は、スカルにとってはガラクタ同然だ。
でも綱吉の世界には、綱吉が居なかった。
彼も、彼の世界に割り込めるくらいに自分を愛して欲しい。
引っ込んでないで、スカルに愛をぶつけて、ぶつけるついでにスカルに引っ張られて、彼も世界に出てくればいいのだ。

そうしたら、愛は平等になる。

その為には、自分が率先して綱吉を誘導しなければならないなんて。
キャラ変えも何もかも嫌ではあるが、綱吉は綱吉で若干戸惑ってはいるが満更でもない様子だ。

さらりと風がスカルの頬を撫でていった。
見れば、燃えるような夕日が沈みかけている。



「ただいまー…」



控え目な声がドアの方から響いてきた。
綱吉が帰ってきたようだ。



「おー、こりゃまた絵になる…」



そう綱吉はアホな事を抜かしながら、拝借してきた材料の入っているバスケットを机に置く。
ゴト、と鈍い音がした辺りじゃが芋でも大量に入っているに違いない。



「いきなりテンションも下がっちゃって。もうキャラ変えはおしまい?」



クスクスと笑いながら、綱吉は袖を捲っていた。
白くて細い腕が目に焼き付く。



「アンタも随分と落ち着いて帰ってきたな。出ていく時はあんなにせわしなかったのに」



ふん、と鼻を鳴らしてスカルは腕を組む。
そんな彼に、綱吉は困ったように笑った。



「うーん。やっぱ厨房から帰ってくる時に考えたんだけど、やっぱりスカルはそのままの方がいいなー、と」



何を無理してるのかは知らないが、やはりいつもの彼じゃないと落ち着かない。
というか、いたたまれない。



「そりゃあ…スカルがもっと俺に優しくて、もっと俺に愛の証明をくれたらとか女々しく考えたこともあったけどさ。やっぱりスカルは今のままがいいよ。だって気持ち悪いもん」



綱吉は棚の中からワインを取りだし、適当に持ってきたコップに注いでいる。
失礼な事をホザいた事は置いといて(だってそれが彼の本音だ)、そんな彼をスカルは後ろから抱き締めてみた。
やはり、細い。
首に顔を埋めれば、きめ細やかな肌の感触と石鹸の香りがした。



「アンタのせいだ。全部」

「え、何でよ」

「妙な意地を捨てきれないのも、おかしな方向にベクトルが向くのも…」

「いや、おかしな方向にベクトルが向いたのは単にスカルが疲れていたからだと思われますが?!」

「うるさい。全部アンタが悪い」

「はぁ、そうですか」



やれやれ、と綱吉は内心で溜め息を吐く。
確かにスカルは最近仕事が立てこんでいたし、それに加えて妙な意地の張り合いをした相手は紛れもない自分。



「俺は、平等でいたいんだ」



ボソリと呟かれたその言葉に、綱吉は少し驚いたように目を見開いた。
普段は弱味を絶対に吐かない彼が、今何と?



「お前って本気で分かりにくいな……」



ここまで来ると呆れるが、でも嬉しさまで半減する事はない。
まさか相手も自分の方が愛を注いでいると思っていたなんて。
心底分かりにくい男だ。
これでは、愛されて居ないと勘違いして意地を張ってあまり愛をアピールしないようにと心掛けていた自分が馬鹿みたいではないか。



「俺も、平等がいいと思ってたんだけど?」



肩にのしかかっているスカルの顔に顔を擦り寄せて今度は綱吉が呟く。
すると少しだけ空気が揺らいだのが分かった。



「アンタは変化球すぎだ馬鹿」



受けとる直前で反れていくので、真意が掴めなかったではないか。



「だって悔しかったんだよ。お前いっつも何でもない様な顔してるから、何で俺ばっかりって」

「それはこっちのセリフだ。アンタは何の反応も見せないで当たり前のように振る舞ってただろうが」

「えー…嘘だよ」

「嘘じゃない」

「絶対に嘘です」

「減らず口叩いてるとこのボトルでアンタの頭カチ割るぞ」

「今のは嘘ですごめんなさいやめてくださいぃぃ…!」



ワインのボトルで頬をグリグリされて、少し甘味かがった雰囲気が散漫していった。切ない。
でも、いつも通りだ。
きっとこれがスカルの愛の形なのだなぁ、と頬に痛烈なものを感じながら綱吉は納得した。



「もう五分五分ってことで良いじゃん。結局愛なんて計れる単位じゃないんだし」

「アンタな…それじゃあ俺の葛藤全無視だろうが」

「いいよもう面倒くさい」



詰まるところ綱吉は自覚なんてしていなかった。
ツンツンを目指すも何も、スカルからしてみれば彼は見事なデレツンだ。
デレた上で突き放すのだから、たちが悪い。
これは綱吉のその億劫な性格がアダとなっていた。
最初から最後まで、一貫してちやほやしてればいいものを途中で放り投げるからこういうことになる。

けれども、きっとこれでいいのだろう。
スカルは、腕の中に納めた存在が急に色濃くなったような気がして自然と口元を緩ませた。
するとふいに、綱吉がスカルの方を振り向いて笑う。



「これが一番、俺達に似合ってる」



俺達か。
その中には、綱吉も含まれている。
何だ。馬鹿馬鹿しい。
最初から悩むことなんてなかった。

スカルは振り向いた綱吉の顎を持ち上げて唇にキスを落とした。
首を反らして苦しそうではあるが、そこは無視だ。



「…愛してる、綱吉」

「うん、俺も。愛してるよ、スカル」



要するに、恋ってやっぱりフィフティーフィフティー。
押して押されて押されて押して、だ。
だから決着がつくことも、どちらかが土俵落ちすることもない。
それが再確認できたので、スカルは疲れた自分が選んだ誤った選択肢にも感謝したいと思った。

きっと明日からはまた、分かりにくい2人に戻っているに違いない。
けれどもそれが丁度いいのだ。


だってそれが、俺達らしいと。彼が笑ってそう言うのだから。


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