にじのゆめ、ひかりのあめ

□ただ何となく甘くしたかっただけのリボツナ
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時折太陽が雲から見え隠れする。
暑くもなく、寒くもなく。
快適といえば快適な午後、綱吉はボケーッと真っ白な壁を見つめていた。
カチ、カチ、カチッと壁時計が時を刻む音以外は、小鳥の囀ずりとドアの外に居るであろう護衛の気配が二つ。
雲が流れて行く。
風なんてないのに、どうしてこうも雲は自由なのだろうか。
現在ボケーっと空なんかを眺めている綱吉の手内には束になった請求書。
守護者である雲が残していったものだ。
彼は些か自由すぎた。

あーあ。
面倒くさい。何もかも。
消えてしまえ。

濁った蜜色の瞳に哀愁を溶かした綱吉はよく馴染んだ椅子から腰をあげた。
ギシリ、と年代物の椅子が軋む。
風がないので、真っ白なカーテンはうんともすんとも言わない。
窓枠に足をかける。
身を乗り出す。
よし。
あとはここから飛び降りるだけで―――……



「チャオ、本日の勤務はサボタージュかツナ」

「ううぅ……やっぱりね」



来ることは勘が告げていた。
現れた男は真っ黒なボルサリーノを粋に被り、真っ黒なスーツをパリッと着こなしている。
そのボルサリーノの下からは漆黒の瞳を覗かせ、薄い唇は笑みを携えていた。
文句なしのいい男は、情けない格好の綱吉を見て鼻で笑う。



「テメーは飽きねぇな、クソ生徒」

「元ね。元生徒だよ」



招かれざる客は来客用のソファーに座り、優雅に足を組んで見せた。
嫌味な程に長い足を見せつけるように、ソファーに深く腰を落としサラリとした仕草でボルサリーノを手に落とす。
すると彼の相棒であるカメレオンがひょっこりと顔を出し、チロチロと舌を覗かせた。
綱吉は仕方なく窓枠にかけていた足を下ろし、気まずそうに目を泳がせてから小さく溜め息を吐く。
彼の目の前で脱走なんて。
出来た方がオカシイ。



「いきなり何の用だよ」



唇をとがらせ聞く。
リボーンが鼻を鳴らした。



「五月だしな。俺の愛弟子が至らぬ病に陥ってねーか心配で心配で様子を見に来たんだぞ」

「愛弟子ねぇ。よく言うよ」



その薄い唇からは嘘しか生まれないのだろうか。
綱吉は呆れたように眉を上げて、こちらも向かいのソファーに腰を下ろした。



「つまりはサボってないか監視しに来たんだろ?」



元生徒にして彼の最高傑作の様子を見に、態々こうして忙しい間を縫って足を運んでくれたらしい。
彼は気まぐれにこうしてありがたくない気遣いを見せてくれる。
ならば元生徒がもう1人居る筈だと唇を尖らせれば、彼は忠実な部下が側に居るから大丈夫だと。
こちらにも居るには居るが、リボーンにしてみればダメの極みだろう。
ボスがダメツナなら忠実な部下もダメヤローだと以前ぼやいていた事を思い出す。
そりゃあロマーリオに比べたら獄寺なんかは赤子同然だろうが、ダメヤローとは言い過ぎではないだろうか。
そう綱吉が返せば、リボーンは片眉をあげるだけだった。



「バカツナめ。五月病ってーのは眠気に堕落するのが主だぞ。なのにテメーは意気揚々とアウトドアとはな。先生は悲しいぜ」

「バカですみませんねどーも」



言いながら、綱吉は欠伸をひとつ漏らす。
五月病にかかっていないと言ったら嘘になるが。
五月病よりも今はこの書類達から逃げ出したかったのだ。
だから別にアウトドア主義でもなんでもない。
寧ろ昔から根っからのインドア主義である。



「コーヒー」

「あいよ」



出された指示に体が動くのは、体に染み付いてしまった恐怖が原因だろう。
ソファーから腰を上げ、簡易給湯室に足を運びインスタントコーヒーを作る。
インスタントはクソだと以前コーヒーを入れた際に罵られた事があるが綱吉はインスタントを好んで飲んでいるし、豆を引くのも面倒だ。
なのでこうしてテキトーに湯なんか沸かしている訳だが、やる気の無い空気を察したのかリボーンが背後にやってきた。
後ろから舌打ちが聞こえる。
構わず手を動かしていたら腰に腕を回された。
こうして密着するようになったのは、リボーンが随分育ってからの事だ。
一時期は拒絶反応かと疑い悲しくなる程に拒否られていた訳だが、何故かある境を過ぎた頃からスキンシップが増えてきた。
そりゃあもう、過剰だと思う程にしつこい時もあったのだが。
今ならばその理由が、彼の求める事情が手に取るように分かる。
そういう仲になりたいと言われた時は驚いたモノだが、その時にはもう綱吉はリボーンの手の内にあった訳で。
つまり、リボーンは慎重かつズルイ男なのだった。



「様子見だなんて嘘付かないで、始めっからそう言えばいいのに」



綱吉はクスリと笑って、腰に回された手に手を重ねる。
赤子だった彼の手は、もう大人の手。
数多の人間を殺してきた癖に、やけに美しい手をしていた。
後ろにある彼の胸板に体重を預けて、湯を沸かすために働く火の音を聞く。
時折、リボーンの吐息が混じる。



「ちげー。様子見込みでだ。大体、インスタントをこの俺様に出す意味が分からん。もうコーヒーはいらねーぞ」



その代わり―――……。
甘い囁きが耳を擽る。
こそばゆいと身を捩れば、さらに拘束はキツくなりパクりと耳朶を食まれた。



「一体何の様子見だか」

「色々とな」

「お前ってそんなキャラだったっけ?」



昔はもっと厳しかったイメージがあったんだけど、と綱吉が笑い混じりに呟く。



「フン。愛人には優しいモンだぞ」

「愛人ねー」

「もっとも、テメーはそんなカテゴリに収まる程上等じゃねーがな」

「ハイハイ」



全く素直じゃない。
だがそれがリボーンなのでそっとしておくことにする。
それにリボーンに優しくされても気味が悪く落ち着かないだけだ。

カチリと火を止める。
折角沸かしたのだが、飲みたいと申し出た本人が要らないと言い出したのだから仕方ない。
くるり、と彼の腕の中で体の向きを変える。
彼の胸に額を付け抱擁に浸れば、つむじ辺りに彼の顎が乗せられた事を知る。
旗から見たら驚愕の光景だろう。
それこそ忠実な部下が見たら、即倒するかもしれない。
でもいいのだ。
久しぶりだから。



「普通春の方が人を逆上せさせる効果があるんだが。テメーはつくづく理にかなわねー人間だぞ」

「いいんだよ。五月病だからガードもユルいのだ」



んふふ、と含み笑い。
頭上からため息が降ってきて、顔を上げればオニキスの瞳と目が合った。
いつもは静かな雰囲気を纏っている癖に、この瞳だけは情熱を秘めている。
くすり、と笑われて綱吉は思わず頬を赤らめた。
至近距離は心臓に悪い。
不意打ちなんて、尚更。



「……分からん」

「ああ?」

「何で俺なのかサッパリだよ」



普通だったら、リボーンみたいなインテリワイルドはやはりビアンキのような美しい女の元へ行くべきなのに。
もしくは日本好きなのだから、京子チャンのような大和撫子が好みとか。
兎にも角にも、彼の方が理にかなっていない。



「知らねーぞ。人生はなるようにしかならねーって事だ。俺だって最初は認めたくなかった」



言いながらも、リボーンの右手は綱吉の左頬に滑る。
綱吉もそれを咎めない。
何度か綱吉の頬を撫でた右手はそのまま顎に下がり、クイッと綱吉を上を向かせた。
リボーンの目が細められ、綱吉もそれを合図に瞳を瞑る。
彼はもう家庭教師ではないから、安易に会うことなんて出来ない。
いくら昔からの仲だといったって、ヒットマンとボスだ。
悪い噂が立って早とちりする輩も出てきてしまうだろう。
だから会える会えないはリボーンに任せている綱吉である。
此方から動くよりも、彼に流されていたほうが人生何かとうまくいく。
一番の過ちは彼に出逢いマフィアのボスにされてしまった事だが、とやかく言うのも今更というものだ。

軽く唇を重ね合わせて、すぐに離す。
その繰り返し。
他愛のないバードキス。
もっとガツガツしているのかと思いきや、けっこうアッサリしている男。
掴み所がない。
昔から築き上げてきた彼のイメージ像を、関係を持ってして崩される。
不安になることはない。
何と無く大丈夫だと、訳もなく勘が告げているから。



「リボーン、」

「タイムリミットは明日の昼までだ」

「そ」



ニィと笑う、憎たらしい程に綺麗な顔にキスを落とす。
今存分に彼との時間を満喫しなければ、次はいつ会えるか知れない。
なので仕事は放棄決定である。



「五月病とはちょっと違う気がするなぁ……」

「ま、大方恋の病ってトコだろ」

「うわ、寒い」



サラリと決め顔で仰ってくれたが綱吉は蚊を叩き潰す勢いで返した。
この技術はリボーンの知らない間に綱吉が勝手に身につけていたものだ。
だがしかしこれで綱吉を口説き落とそうと躍起になっているイタリア男性諸君の鼻を折っていっているのならまあ仕方ないかとリボーンは小さくため息を漏らした。
その技術を自分に使われるのは微妙だが。
首に腕を回され、微笑まれる。
生意気な唇に今度は噛みつくようにキスをして、薄く開いたところから舌を滑り込ませれば自棄になったようについてきた。
昔からからかい概のあるヤツだ。
確かに五月病とは少し違うが、長期間触れていないと起きるこの脱力感は中々に似ているとリボーンは思うのだった。



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