にじのゆめ、ひかりのあめ

□女帝/逆位置:コロネロ
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【女帝/逆位置】




桜の花が幾分か舞い散り、暖かな空気に当てられて蕾も乙女の頬の様に染まる頃。
コロネロは、緊張の面持ちで立っていた。
場所は、体育館から少し離れた旧校舎前だ。
旧校舎は人気が無いので有名。昔流行った、七不思議なんかがまだ尾を引いているからだろう。
例えば二宮金次郎が歩き出すだとか、夜音楽室の前を通るとベートーベンの月光が聞こえてきて中に入るとピアノがひとりでに演奏しているとか、ベートーベンの肖像画の目が動くとか、人体模型が走るとか。
よくある話だ。
コロネロは心霊現象と言うものを心底信じないタチで、寧ろ見ても「見えてない。何もいない」と事実を抹消する残念な男だった。

打って変わって、呼び出した相手は心霊現象を信じており中3にもなって心霊番組を見た夜はトイレに一人で行けないという何とも情けない男である。
しかし。
コロネロは、この何とも情けない男に惚れてしまっているのだ。
そしてその何とも情けない男は、今日を持ってしてこの学校を卒業してしまう。
体育館では、もう卒業式が終わった頃だろうか。
コロネロは参加しなかった。
しんみりした空気は苦手だし、保護者席から香ってくる香水と化粧の匂いも、生ぬるい温度も、長々しい来賓祝辞も嫌いだったので参加を遠慮した所存である。


コロネロが恋をした相手は、やはり初めから何とも情けなく、貧弱でバカでノロマでダメダメな奴だった。
自分でも、何でそんな奴に惚れたのかイマイチよく分からない。
分からないが。
奴の顔を見たら高鳴る心臓に、赤くなる顔。
これは確実に恋と呼ぶにふさわしいものだろう。
コロネロは確信した。
そして、卒業式の今日、その相手に告白しようと決めたのだ。
ロマンチックだからだとかは頭の隅にもないコロネロは、ただググダやっていて結局それが最後のチャンスになってしまっただけの実に青臭い少年である。
生意気な後輩は「そういうの、ヘタレって言うんですよ」と素直に抜かしてしまったので、コロネロに再起不能になるまで叩きのめされていた。


空が青い。
コロネロは自慢の碧眼で空を仰いだ。
雲が薄く空に掛っている。
そしてそのまま横に視線を移動すると、優雅に本を読んでいる二宮金次郎が。
実に呑気なものだ。
こちとら緊張して、らしくもなく手に汗を握っているというのに。
どんな殺しの依頼でも、ここまで緊張する事は無かった。
本当にらしくない。
コロネロは小さく溜め息を吐く。


と、その時風もないのにガサゴソと叢が揺れた。
お前はドコゾの草食動物か。もしくは野の原に居る兎か何かか。
そうコロネロが密かに心の中で突っ込んだ通り、呼び出しに応じた相手は叢というよりも木々の間からヒョッコリと顔を出して見せた。
何故そんなところから。



「おまたせ!」

「お、おう」



にっこりと、ほやほや微笑む呼び出しに応じた相手―――沢田綱吉は、コロネロを見て片手を上げた。
コロネロも現れた相手にドギマギしつつ、片手を上げて挨拶をし返す。



「あー、つかれた。卒業式長いんだもんな。で、俺に用って何?」



コロネロお前サボっただろズルイーと唇を尖らせてから、綱吉はコロネロに問掛ける。
来た。
コロネロは湧き出る汗を押さえながら、ガシッと勢いよく綱吉の肩を掴んだ。
捕まれた方の綱吉は、意味が分からないと瞳をパチクリ瞬かせてはコロネロを見つめている。

そしてそのまま―――……3分が過ぎた。



「コロネロ、俺最後のHRあるから教室戻んなきゃならないんだけど……」



卒業式が終わったのでハイ、サヨウナラーという訳にはいかない。
記念撮影だ何だと、友達の居ない綱吉も人付き合いとして参加しなければならないのだ。



「わ、分かってる!……ちょっと待てコラ」

「ちょっと、って。どのくらい?」

「俺の気持ちが落ち着くまでだ」

「んじゃ、10秒ね。いーち、にーい、さーん……」



早々と数を数え出した綱吉に、コロネロは焦る。
焦って、本人を前に考えている場合ではないこういう時男というものは当たって砕けなければならない(実際に砕けてはいけない)という事に思い当たり、思わず綱吉を引き寄せ強く抱き締めていた。
近年希に見る密着度だ。
コロネロは煩い心音が相手に伝わらない事を願って、心を落ち着かせる為に深呼吸をした。
因みに、綱吉の口から出た数は一瞬抱き締められた時に止まったものの、引き続けられて今はもう7まで行っている。



「ツナ!」

「ん」



綱吉の口から、数字が止まった。
コロネロは、抱き締めている腕に力を込めて、腕の中に居る綱吉に好きだと呟く。
綱吉は驚きに目を見開いた。



「えっ、」

「……だから。お前が好きだコラ。俺と付き合え」



体を離して、見つめ合う。
じぃ、と真剣なコロネロの瞳に綱吉はゴクリと息を飲んだ。
元々この後輩は態度がデカく、命令口調を日常会話に折り混ぜてくる俺様タイプであったが。
俺と付き合え、か。
ここまで図々しい命令も中々あったモンじゃない。
そう思った瞬間綱吉はププッと笑ってしまった。
だって実にコロネロらしい。



「……どーなんだコラ」

「どう、って」



じぃ、からジットリになったコロネロの視線を受け止めて綱吉は微笑んだ。
ふわり、と。
春風が髪を撫でて行く。



「これからも、宜しく」



命令なのだから、断る義理が無い。
命令でなくても、断る理由が無い。

男だからだとか関係なく、コロネロは好きだし。
そうやってはにかむ綱吉は、罪な男だ。
コロネロは喜びを噛み締めながら、綱吉を再度抱き寄せた。
愛しい。
言葉では表せない気持ちが、心を満たして行く。



「じゃ、俺行かなきゃ」

「今日は一緒に帰るぞコラ。校門で待っててやる」

「あー、それはありがたいんだけど……」



途端、眉を下げた綱吉にコロネロは疑問符を浮かべる。



「弟、一緒でもいい?アイツ迎えに来るって言って聞かなくてさー。ソッコーで出て来なきゃブッ殺すとかまーた勝手な事言って……」

「お前、弟居たのかコラ」



そして何だか似ても似つかなそうな性格をしている。
綱吉は他人に向かって「死ね!」とは言えども「殺す」とは言えない。
何せ殺せる程の実力がないので。死ね!は他力本願に近いから言える、と本人が以前語っていた事を思い出した。
綱吉が「死ね!」という相手は、ほぼ死んでも死んでくれなさそうな相手のみだ。ゴキブリ野郎とも言う。
良く綱吉にストーキング行為を働いては嫌がらせをしている六道骸がいい例である。



「俺のひとつ下。コロネロと同い年だよ。気、合うといいけど……まあ、性格は悪いから気は全然使わなくて構わないけどね。大丈夫?」

「二人きりじゃねーのは気に食わねーが。仕方ねー。そいつも一緒でいいぞコラ」



性格が悪かろうが、綱吉の家族だ。
顔を売っといて損はないだろう。
礼儀がなっていないのなら、後輩同様厳しく絞めてやればいい。
そんな調子で、コロネロはコクリと首を縦に振った。



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