にじのゆめ、ひかりのあめ
□人間と朱が
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人に愛想を振り撒けない度合いでいうと彼女のほうが全然上なのだが、人見知りという点では自分も負けていない気がするなぁ、と。
綱吉が思ったのはつい最近のことだった。
「人参だ」
執務室に入ってきていきなり、彼女はそう発した。
そして疑問符を飛ばす前に、彼女の手の内にある籠を見て綱吉は理解し、彼女に微笑んだ。
ラルは時々こうして中庭で取れた野菜を新鮮な内に届けてくれるのだ。
なんともありがたいご好意。
本日は、泥のついたまま届けてくれたようである。
綱吉はペンを手離し、椅子に貼り付けられていた腰を漸く待ちあげた。
そしてラルの前まで移動する。
「ありがとう」
「ああ」
まだ幼い少女の手から籠を受け取ると、それは意外に重量があった。
ズシリ、と重いそれに綱吉は思わず目を丸くする。
「ラル、大変だっただろ?」
「別に。お前が貧弱なだけだろう。もう一度鍛え直してやろうか?」
「いや!遠慮しとくよ!」
実にいい笑顔で応えた綱吉は、ラルにソファーへ座るよう促した後、キッチンへと足を伸ばす為執務室の隣に設置してある私室の扉を開けた。
元々私室は執務室から少し離れた位置にあったのだが、如何せん仕事中の来訪者が多すぎるのでわざわざ位置を変えたのだ。
その来訪者の100%は虹の色を掲げた子供たちであった。
しかし、来てもらったからにはおもてなしはしなければ。
そう思って綱吉は移動させた私室の中に、キッチンスペースを作ることにした。
彼らはやたらと綱吉にお菓子や飲物をせがんで来る。もう、ほんと。
だがこの行為は寝顔に続く彼らの子供らしいところでもある。
因みに最初に綱吉にコーヒーをせがんだのはリボーンだった。
そしてそれ以来どこで情報が漏れたのか、他の子供達も「俺には何も無いのか」的なことを言い出したのだ。
困ったもんだよなー、とそれでも口元を緩ませた綱吉がふと後ろを見れば、ソファーに座ったはずのラルがついてきていた。
そんなラルに、綱吉は歩幅を狭めて彼女が並べるようにゆっくりと歩く。
「今日はキッチンで食べる?」
一応キッチンにも、ダイニングテーブルが設置されていた。
「人参で何を作るんだ?」
「さぁ、何でしょー?」
クスクス笑いながら、キッチンへ足を踏み入れる。
その間、チョコチョコと隣をついてくるラルが随分と可愛らしい。
「椅子に座って待ってていいんだぞ?」
「いい。俺はお前の隣で見てる」
「そう?」
あぁ。と彼女を頷くのを見届けて、綱吉は人参に手をのばした。
新鮮なものは新鮮な内に、だ。
ラルが持ってきた今までの食材も、全て最初に彼女へとふるまった。
人参を洗ってから包丁を取り出す。
無農薬なので、皮を剥く必要はない。
「にしてもラルって以外と人と仲良くなるよな」
「何だ急に」
「だってこれ、中庭の菜園を管理してるアルジェントさんから手に入れてくるんだろ?」
「ああ」
「あの人、気難しくて恐い人で有名なんだぞ」
彼には如何せん愛想が無い。
人見知りというか、頑固というか。
まぁ、根はいい人なんだろうけれど。
綱吉もそのことはちゃんと理解しているので、ずっと菜園をまかせているわけだ。
しかし、挨拶をしてもそっけなく返されたりしてしまうので、少しだけ彼を前にすると緊張してしまう感は否め無い。
というより、綱吉は一瞬でも苦手意識を感じてしまうとズルズルと引きずってしまう人種であり、なかなか人付き合いというものに積極的になれないタイプであった。
「別に。愛想がいい人間がいいやつだとは限らないだろうが」
フン、と鼻を鳴らした少女に、つい苦笑いを漏らしてしまった。
いやはや、まったくその通りだ。
3本ほど人参を手にとり、トントンと軽快な音で刻んでゆく。
小さく、市場で売っているものより少し形はいびつだけれども、代わりに色は鮮やか。とても美味しそうだ。
元気なお日様の光と、彼の愛情がたっぷり注がれているのが分かる。
半分はステック状に、もう半分は円状にしてバターで焼く。
皿に盛れば、とても美しい朱が咲いた。
「じゃ、食べよっか!」
コトリ、とテーブルの上に皿を置き、向かい合って座る。
6つの席に、2人の人間。
その間にある朱に魅せられながら、2人は同時に手を合わせた。
そして一緒に声を合わせるのだ。
「「いただきます!」」
と。
生きとし生ける、全てのものに感謝をしながら。