にじのゆめ、ひかりのあめ

□林檎の君
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林檎、林檎、林檎だよ。
甘くて美味しい林檎だよ。

少女の唇、頬の色。
赤くて熟れてる林檎はいかが?


其は秋。
少し寒さを含んだ風が、少年の頬を叩いてく。
見たとこ田舎の林檎売り。
大きな荷台に林檎をのせて、道の隅で密やかに咲く。



おやおや?おや?

林檎売りがうたた寝をして、瞳を開けたその後で。
少年Cが姿を見せた。



「…いらっ、しゃい?」

「違う。客じゃない」



朱が広がっている綺麗な着物の袖で、林檎売りは口端に伝った涎を拭う。
秋は深みを見せていて、残暑は完全に何処かへと去っていった後だった。

リーリー、と
季節の虫が優雅に声を重ねてる。

少年Cは林檎売りの隣に座り、目前にある大きなお屋敷を眺めていた。
顔の整った少年。
最近そんな客がやけに多い。



「あのお屋敷に、何かあるの?」

「あぁ」

「何?」

「敵」



フン、と鼻を鳴らして答えた少年Cは、気に食わなそうに林檎を眺めて見てた。
林檎売りは目をパチクリさせて、少年Cを見つめ返す。
妙な空気がそこに流れる。
サワサワと柔らかく、風に吹かれてススキが揺れているのが分かった。



「敵って―…あのお屋敷の方々は皆良い人だよ?」



まぁ、変わった人も多いけど。

そう林檎売りが微笑み言えば、少年Cは涼しい笑みで問いつめた。



「お前、知り合いなのか?」

「いや、一人だけ」

「どんな関係だ」

「関係?うーん…どんな?」

「ないのか?関係」

「俺は、お客さまと林檎売りだと思ってるけど…当人が、」

「当人?」

「当人が。友達、もしくは恋人と」

「女か?」

「ううん。男」

「男…?」



少年Cは考えるようにして黙った後で、いやいやまさかと首を横に振った。
見た目はリボーンとコロネロと年が近いように思える少年Cは、珍しい服を身に纏っている。



「ねぇ、その服格好いいね。なんてーの?」



流行りも何も見たことすらないので、林檎売りは少年Cの服を指さし聞いてみた。
すると少年Cは困ったように目を泳がせた。
元々、人と関わるのが好きなタイプでは無いらしい。
先ほどまでの勢いが、みるみるうちに無くなっていく。



「ライダースーツ」



それでもぶっきらぼうに答える様は、年相応で何だか可愛らしいので林檎売りはフワリと笑って喜んだ。



「へぇ、凄い」

「何が」

「だって、横文字だから。外国のでしょ?」



コクりと頷いた少年Cに、林檎売りは林檎を手にとり少年Cの手に落とす。



「あげるよ、林檎。おいしいよ」

「…何でだ」

「教えてくれたお礼」

「…要らない」

「そんなこと言わずに。ね?」



弾ける笑顔の林檎売りに押し切られ、少年Cは渋々それに口をつける。
とたん、甘い香りと爽やかな果汁が口の中に広がった。



「おいしいでしょ?あのお屋敷のおぼっちゃま、好きなんだよ」

「お屋敷の…おぼっちゃま?」

「うん」

「一応聞いとくが名前は?」

「俺は綱吉」

「違う馬鹿アンタじゃない。屋敷のおぼっちゃまの名前だ」

「あぁ、そっちか。坊ちゃんの名前はね、リボーンだよ」



その名前に、少年Cは驚き隠せない様子で目を見開いて固まった。
それでも構わず綱吉は、少年Cに問掛ける。



「君は、何て名前なの?」

「…スカルだ」

「スカル、外人さん?」

「そうだ」



最近多いなぁ、と綱吉がホワァと口を開いた後に、スカルは何だか嫌な予感を感じた。
確かに戦後、日本に赴任するようになった外人は増えた。
ただ、その中に一筋の闇がさしこんだので、スカルは思わず綱吉に問掛けた。



「例えば?」

「例えば?あ、あのね、軍人さんも来たよ。丁度、スカルとリボーンと同じ年くらいの」

「…へぇ」

「それでね、奇遇なことにリボーンの同胞だっていうんだよ。凄いよねぇ」



ヒクリ、と口の端を引きつらせて、スカルは綱吉の肩に手を置き顔を近付けた。
一方の綱吉はというと、やけに近い位置にあるその綺麗な顔にドギマギしながら一生懸命視線を合わせる。
そして、その瞳に吸い込まれそうになったその瞬間、



「そりゃコロネロだぞ、パシリ」



丁度スカルの右隣、意気揚々とした声と共に現れた。

スカルはびくりと肩を揺らして、後ろを振り向く。
いつもなら、黒のスーツに闇を孕ませニヤリと意地悪く笑っている男が、今日は珍しく色の着いたお召し物。
綺麗な藤色の生地に、黒揚羽が幾匹か飛ぶ。



「リボーン!」

「ちゃおっす、ツナ。今日も繁盛してねぇみたいだな」

「うるさいなー」



ぷう、と林檎の様に膨れた頬を、リボーンは愉快そうに笑って撫でた。
すす、と陶器のように滑らかな肌。



「リボーン先輩、それ男ですよ」

「ああ、知ってるぞ。コイツのことなら、誰よりもな」

「趣味変わったんですか」

「あぁ。一夫多妻制を辞めた」

「…へぇ」



ポカンとしているスカルをよそに、リボーンは花を差し出した。
匂い芳しきキンモクセイの花である。



「やる」

「いいの?」

「あぁ」



スンスン、と小動物かのような綱吉に、リボーンは満足そうに笑って見せた。
が、しかし瞬時に歪められた表情にスカル首を傾げたところ、その原因がやってきた。



「オイコラリボーン!テメー何してんだ」

「うるせぇ馬鹿。なんで来やがんだ、とっとと国へ帰れ」

「ンだとコラ?大体何でスカルがいる」

「あのね、敵を――…んぐっ」

「…黙れ」



素直に話そうとする綱吉の口を急いで塞いで、スカルは汗を垂らした。
話されてしまっては、もともこもない。
全ては内密に、だ。



「ま、スカルが何故日本にわいて出たかなんて事はどーでもいいがな。コロネロ、テメーそりゃ何だ」

「…ほっとけ」

「百日紅ですね」

「ほぅ、」

「余計な事言ってんじゃねぇぞコラァ!」



林檎みたいに真っ赤になったコロネロの、手の内にあるはサルスベリ。
綺麗な紅が映えている。
喧嘩を始めたリボーンとコロネロをよそに、スカルは漸く綱吉から手を離す。



「アンタ、愛されてるんだな」

「何故?」

「キンモクセイの花言葉は『真実の愛情』『初恋』『あなたは高潔です』『陶酔』。よく先輩も見付けてきたもんだ。因みにコロネロ先輩の百日紅の花言葉は『愛敬』だぞ」

「スカルって物知りだね」

「まぁな」

「じゃあ、林檎は?林檎の、花言葉!」



フワリと笑った綱吉を見て、スカルは密かに息を呑む。
成程確かにこれならば。



「林檎の花言葉は『誘惑』だ」



えー…、と小さく眉を潜めて不満そうに呟いた綱吉に、スカルはクツリと小さく笑って返した。
綱吉のその膨らんだ頬はまるで熟れた林檎のようで。


その場に甘く、仄かに香りが漂った。



林檎、林檎、林檎だよ。
甘くて美味しい林檎だよ。

少女の唇、頬の色。
赤くて熟れてる林檎はいかが?



本日も、真っ赤な太陽沈んでく。



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