にじのゆめ、ひかりのあめ

□林檎の君
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林檎、林檎、林檎だよ。
甘くて美味しい林檎だよ。

少女の唇、頬の色。
赤くて熟れてる林檎はいかが?


其は秋。
少し寒さを含んだ風が、少年の頬を叩いてく。
見たとこ田舎の林檎売り。
大きな荷台に林檎をのせて、道の隅で密やかに咲く。



「おうコラ、テメェ林檎売りか?」

「はい。林檎売りでございます」


淡い朱色の着物の布地、山吹色の帯をして、今日も今日とて林檎売り。
ふいに現れた少年Bは、金色の髪を風になびかす。
外国から来た軍人さんと、同じ服を身に纏い、鋭い瞳は林檎売りを刺す。


「日本語、お上手ですね」


林檎売りがフワリと笑えば、少年Bが驚いた。



「怖がらねぇのか?」

「怖がりません。外人さんには慣れてます」

「いや、俺軍人だぞコラ」

「あぁ、」


まぁ、別に。
林檎売りはもう一度笑って林檎を一つ手に持ち着物の裾で拭き出した。
何度も何度も擦っていけば、林檎は輝きを増していく。


「お客さんに良い悪いは無いです。林檎、何個買いますか?」

「あぁ?」

「林檎。買わないんですか?」

「…買いたいんだけどな。今日本の金持ってねぇぞコラ」

「んー、」


林檎売りは少し悩んで、その後小さく首を横に振った。


「じゃあ、外貨で結構です。林檎は幾等お望みで?」

「いいのかコラ」

「構いません。林檎は売れ残ったら廃棄処分になるでしょう?そっちの方が勿体ない」


そうか、と少年Bは笑みをもらして林檎売りにお金を渡す。
その外貨、見たことがなく、林檎売りにはまるで何か別のもののように思えた。


「じゃあ、二つ」

「はい」


林檎売りは拭いていた林檎を手渡して、もう一つにも手を伸ばす。


「もう一つはテメーで食えコラ」

「え、」

「俺の奢りだ」

「でも、」

「外貨で買わしてくれた礼。受け取っとけ」

「はぁ、」


林檎売りはキョトンとしたが、仕方がないと林檎をかじる。
つられるように、少年Bも食べ出した。
甘くて温い林檎の汁が滴り落ちて、各々地面を濡らしてく。
そこへ蟻がテコテコやって来た。
しかし2人はそれに構わずムシャムシャ食べる。


「上手いぜコラ」

「そうでしょう?」

「お前、何で林檎売りなんかやってんだコラ」

「実家が、林檎農家なんです。これも母と父が愛情込めて作った林檎なんですよ」

「へぇ、てことはお前上京してきたのか?」

「はい」

「一人で大変だなコラ」

「まぁ、最初の内は。でも、最近仲良くしてくれる人できたんですよ」

「へぇ」

「ほら、彼処に見えるお屋敷の、大事な大事なおぼっちゃまです」

「はぁ?」


林檎売りがそう答えると、少年Bは怪訝そうな顔をした。


「リボーンかコラ」

「えぇ、リボーンです」

「…呼び捨て?」

「本人がそうしろって」

「ふぅん。お前、随分ヤツに気に入られてるんだな」

「はぁ、そうなんですかね?お客様は、リボーンと知り合いなんですか?」

「コロネロだ」

「コロネロさん、」

「…コロネロだけでいい。さんは要らねぇぞコラ」


少年B、改めコロネロはニヤリと笑って林檎売りを見る。
そして屋敷を指差した。
その手の内の林檎は、もうほぼ芯だけであった。


「アイツは、俺の腐れ縁」

「へぇ、」


ポカンとしている林檎売りに、コロネロはニタリと微笑んだ。
まぁ屋敷のお坊ちゃまであるリボーンとこのコロネロとやらは、成程笑い方がとても似ている。


「類は友を呼ぶ…?」

「友じゃねぇよ、只の同胞だコラ。つーかあんなのと同類にすんな」

「あんなの…。凄いですね、コロネロ」

「敬語も要らないぜ」

「うぅ…分かりましたよ。コロネロは、リボーンが嫌いなの?」

「あぁ。嫌いだ」

「何で」

「何でもだ。強いて言うならアイツ性格悪いだろ?」

「でもこの前オルゴールくれたよ」

「…お前それ物で釣られてるぞ」

「いいんだよ。だってあのオルゴール、凄い素敵だったんだもん」


にひ、と照れた様に林檎売りは笑ってコロネロを見た。
その雰囲気に、コロネロは「く、」と息を飲む。
取り立て綺麗では無いけれど、そこにはそれが存在していた。


「コロネロ?」

「ん、あぁ。そういえばテメーの名前聞いてないぞコラ」

「あ、そっか」


林檎売りはモシャモシャ林檎を飲み込んで、芯を蟻の前へと置く。
すると果汁が地面へ伝って染み渡り、蟻は戸惑ったように右往左往した。


「綱吉」

「綱吉、か。将軍だなコラ」

「違うよ!あれは、徳川綱吉。俺は沢田綱吉」

「ふぅん」

「それでよくからかわれた。俺、男なのに弱いし、全然将軍とはかけ離れてるから…」

「…男」

「そうだよ。文句ある?」


コロネロは戸惑ったように綱吉に触れた。
どこをどうとっても、これは女である。
否、コロネロはずっと綱吉を女だと思っていた。


「…ますますリボーンがテメーを気に入った訳が分からねぇぜコラ」

「はぁ?」

「あいつ、ひ弱な男は相手にしねぇんだ」

「ふーん」


さして気にした様子のない綱吉に、コロネロは首を傾げる。
触れた部分は雪の様に白く、そして細い。
何の違和感もなく朱の着物を着こなしている綱吉は、中々人形の様だ。
とても綺麗とは言いがたい、本当に平凡な顔付きだけれども。


「ま、お前新世界って感じがするからな」

「は?」


多分、この掴みどころの無い所が気になったのだろう。
リボーンは新しいもの好きだ。
コロネロはひとり納得してスクリと立った。
そしてキョトンとする綱吉の頭を無造作に撫でてニヤリと笑った。


「林檎、美味かったぜコラ」

「あ!毎度あり!」


慌てて立ち上がった綱吉はお辞儀を深々とする。
コロネロは軽く手を上げ挨拶をして、帰っていった。


不思議な軍人だった。
確かにコワモテではあるけれど、彼自身はそうでもないのだろう。


ふと、足元に置いた林檎を見れば、蟻が何処かへと姿を消した後だった。
しかして空を飛ぶトンボの数は増えるばかりで、より一層秋が深まったようである。


その静かな光景に、林檎売りの鐘が鳴る。


林檎、林檎、林檎だよ。
甘くて美味しい林檎だよ。

少女の唇、頬の色。
赤くて熟れてる林檎はいかが?



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