にじのゆめ、ひかりのあめ

□林檎の君
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林檎、林檎、林檎だよ。
甘くて美味しい林檎だよ。

少女の唇、頬の色。
赤くて熟れてる林檎はいかが?



其は秋。
少し寒さを含んだ風が、少年の頬を叩いてく。
見たとこ田舎の林檎売り。
大きな荷台に林檎をのせて、道の隅で密やかに咲く。



「よー、林檎売り。今日もしけてんな」

「あ。ご機嫌よう、お屋敷のぼっちゃま」


目の前そびえるお屋敷は、目の前に居る少年Aの所有物。
ある日は林檎売りの赤くて薄い着物をまくり、ある日は頬に接吻をした。
つまりは変態。
素敵なご趣味でいらっしゃる。


「林檎より、お前が欲しいぞ」


だなんて。
林檎売りは笑うだけ。
ちゃんちゃらおかしな冗談は、流すだけ流しておしまいに。


「俺は、男。貴方も男。たとえ林檎を買ったとしても、客と売り子の関係ばかりが残るだけです」


林檎、林檎、林檎だよ。
甘美に熟した林檎だよ。


手にした鈴をチリリと鳴らせば、クロネコ一匹振り返る。
少年Aはクスリと笑って、それでも袖を離さない。
林檎売りの、真っ赤な着物の、真っ赤な袖は、少年Aの宝物。


「林檎、買う」

「何個」

「2個」


小振りの林檎をそれぞれ選び、少年Aは袖で拭く。
林檎売りの袖は、離されても尚、少年Aの想いの形が幾重に重なる皺となり。


「お屋敷のお嬢様へ?」

「違う」

「あのお方、とても楽器が上手なんですよね。歌も上手。顔立ちもお綺麗で。外国の方。あのお方が演奏している楽器、何て名前なんですか?」

「洋琴だ」

「洋琴?」

「ピアノ」

「へぇ、」


外国の楽器。
白と黒の、沢山音を持つ楽器。


「お前、音が好きなのか?」

「嫌いではないです」

「じゃあ、いいものやる」


少年Aは何やらゴソゴソと胸元の布入れから、小さい箱を取りだした。
林檎売りは首を傾げて、ただただ其を見つめるばかり。


「自鳴琴だ」

「自鳴琴?」

「オルゴール」

「おる、ごおる、」

「そうだぞ。このネジを回すとだな…」


カチリカチリと成れた手付きで回してみれば、箱から音が流れ出す。
小さな音。
けれどもとても澄んだ音色だ。


「凄い!」

「気に入ったか?」

「えぇ、とても!」


林檎売りは初めて瞳を輝かし、少年Aを見つめ返した。
愛らしい瞳。
この国には珍しい、だが少年Aの祖国には当たり前であるその瞳色。
しかし、その瞳は一際輝き美しい。


「やるぞ」

「えっ、でも」

「構わない。ただ1つ、お礼として俺の言うことを聞け」


困ったように林檎売りは笑って、仕方がないなと頷いた。
少年Aは満足そうに、先程買った林檎を手渡す。


「一緒に、林檎食え」

「でも、」

「遠慮すんな」

「…はい」


林檎売りは、首から下げた鈴を外して林檎を受取りかじりだす。
自鳴琴は、片手にもったままでいて。
少年Aも隣に腰を下ろし、シャリシャリと林檎をただただかじるのみ。
甘く滴る林檎の汁が、2人の手を伝い、腕を伝い、その衣類をも汚してく。


「凄いな、この林檎」

「でしょう?でも皆買ってってくれない」

「正直目立ってないぞ、お前」

「勿論、知ってます」


何処までも突き抜ける空には、沢山のトンボが飛んでいる。
柔らかな秋特有の香りが、林檎に交じって鼻をつく。


「それでも、買って行ってくれる人が居るでしょう。母は俺に言いました。沢山沢山買って貰える事も大切。だけれども、其だけが全てではないのだと」


チロチロと手に付いた汁を舐めながら、少年Aは林檎売りを見つめている。


「だから俺は、貴方や、他の常連様。その人達により多く林檎でもって分け与えたいのです」

「何を?」

「多分、生き甲斐を。馬鹿げた話ではありますが。それに、柄じゃないっていうのも理解はしてるんですけどね」


少年Aはふぅん、と言ってからクツリと喉を鳴らして笑った。


「ま、違いないかもな」

「むぐ?」


林檎売りは林檎を頬張りながら、驚いたように目を見開いた。


「俺の名前知ってるか?」

「…えー、と」


少年Aはニヤリと笑って、林檎売りとの距離を縮めていく。
そして、顔を間近に近付けながら少年Aは問いつめた。


「知らねぇなら今から覚えろ」

「…はい、」

「俺の名前は、リボーンだ」

「り、ぼーん」

「リボーン」

「リボーン、」

「そうだ」


リボーンと名乗った少年Aは、満足そうに微笑んで、林檎売りを優しく見つめる。
その漆黒の闇が捕えた一筋の光。
人はそれを、恋といったか。


「俺はお前を知ってる。沢田綱吉、14歳。北から来た林檎売り」


綱吉と呼ばれた林檎売りはポカンと口を開いてリボーンを見つめる。


おわぁ、おわぁ、

と何処かでクロネコが鳴いていた。
林檎は未だ、香りを消さない。


「沢田綱吉」

「…はい、」

「好きだ」




甘い香りが立ち込めて、今一瞬、確に時が止まった気がしたような。


「好きだぞ」


甘く甘く囁かれ、林檎売りの頬はみるみる内に染まってく。
それはまさしく林檎の様で。


林檎、林檎、林檎だよ。
甘くて美味しい林檎だよ。

少女の唇、頬の色。
赤くて熟れてる林檎はいかが?



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