りく
□Fundamental
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只今思春期真っ盛りであるスカルには悩み事が1つだけある。
中学2年生にして頭脳は大学教授並、先輩のリボーンやコロネロには劣るが身体能力も郡を抜いて良く、才色兼備や文武両道という言葉の代名詞の様な男の彼が、何故悩みを持ち合わせようか。
彼の知人はそう思うかもしれないが―――…。
彼の悩み。
それは彼の1つ年上の従兄弟であり、今はひとつ屋根の下に一緒に住んでいる沢田綱吉の事である。
スカルは綱吉に恋愛感情を抱いていた。
これは最近気付いた事だが、どうやら勘違いではないらしい。
その証拠に、綱吉に近付けば鼓動が激しく高鳴ってしまう。
男なのに。
しかも、従兄弟なのに。
それでも精一杯普段通りを続けて来たスカルだ。
綱吉が半径1メートル以内に入ってくれば、容赦なく蹴って距離を保つ。
ありがたい事に綱吉の頭は弱いので、綱吉は「何だよお年頃だからってー」とか何とかぼそぼそ漏らすだけだった。
馬鹿は楽である。
でもそんな馬鹿にスカルは惚れているのだ。
そしてスカルの悩みの種である綱吉は、人付き合いが苦手であった。
学校では同じクラスのリボーンとコロネロがいる。
だが彼等以外に交流は見てとれない。
休みの日も、スカルが「友達と出かけないのか?」と声をかければ「じゃあスカルと出かける」と返されるのみ。
因みにリボーンやコロネロは各々の用事の為に休日に綱吉と遊ぶ時間なんてなかった。
つまりは、綱吉はスカルに無意識に依存しているのだ。
人見知りで、交流は狭く深く。
だが少々狭すぎて深すぎる。
これは綱吉の人見知り加減と無気力加減が見事に造り上げた結果だった。
スカルは深く溜め息を吐く。
もう季節は12月だ。
街はイルミネーションに輝いている。
そして仲むつまじくカップルが手を繋いで歩いていた。
以前までは冬らしく寒い光景だなとスルーしていたスカルであったが、今はやけに隣にある温度を気にしてしまう。
帰りは校門に待ち合わせて一緒に帰るというルールは、双方が知らない間に出来ていたものだ。
一緒に住んでいる上に、登下校も一緒だというのだからおかしな話である。
チラリと左隣を見れば、綱吉はショーウィンドウに飾られているケーキに夢中な様だ。
ちょっと涎も垂れそうになっている。
「アンタな…今日は奈々と家光の結婚記念日のプレゼントを買いに来たんだろう。それにケーキならクリスマスにでも食える。我慢しろ」
「んなっ!俺何も言ってないよ!」
「声は出ていなくても目がやかましい位に訴えてくる」
「えっ、嘘!」
マジで!?と焦る綱吉は放っといて、適当な店に入った。
奈々は料理が得意なので、キッチン用具でもあげたら喜びそうだ。
「ったく、父さんも結婚記念日にだけは毎年忘れないで帰ってくるんだもんなー」
「家光も忙しいんだろ」
「どうだかね」
フンッと鼻を鳴らした綱吉は家光が嫌いらしい。
全く実の親子なのだから仲良くすればいいものを、と思うが実の親子だからこその今なのかもしれない。
スカルはやれやれと小さく首を横に振り、クッキーの型抜きを手に取った。
以前奈々がクッキーを焼いていた際に「型が古いから、新しいのが欲しいわ」と呟いていたことを思い出したのだ。
「アンタもフラフラしてないでちゃんと選べ」
「えーっ…うん、これでいいんじゃないかな」
そう言って綱吉が手に取ったのはハートの型だった。
ハートは家にあるだろうが。適当に選びすぎだ。
面倒くさい、という雰囲気が抑えきれていない。
にしても、ハートの型を手に持って似合う男もそうそう居ないだろう。
肝心の顔はやる気が無いが、雰囲気がぽやぽやしている為にかなり似合っている。
しかし本人に言ったら怒るのでやめておこう。
「でも凄い。これ熊さんとかの動物シリーズがあるよ。あとアルファベット」
「じゃ、それで決まりだな。アンタが行ってこい」
「えっ!?俺かよ!!」
「俺は外で待ってる」
「酷い!拷問だ!!」
鬼!と叫びながらも、綱吉は素直にレジへと足を運ぶ。
全く何が悲しくて男1人でキッチン用具、しかもクッキーの型抜きを買わなければならないのか。
チラリとスカルを伺えば、もう店から出ていた。
我ながら酷い従兄弟だな、と綱吉は思う。
じっとプレゼント用の袋に包まれていく熊さんを見ながら、綱吉は小さく溜め息を吐く。
馬鹿で駄目な彼は、スカルと違って悩み多い時期だ。
もちろん受験もそうだったのだが、リボーンとコロネロが「お前は受かるようになってるから安心しとけ」と訳が分からないことを言って勇気付けてくれたので、今は悩みという悩みはなく。
問題は、スカルの事である。
最近スカルは思春期なのかなんなのか、あまり自分と居たがらないし、しかも距離を思いきり取られている気がするのだ。
前まではふざけて後ろからタックルをかましても、頬をつねられるくらいであったのに、今じゃ近付いただけであの長い足が飛んでくる。
これじゃあオチオチ部屋も自由に歩けなかった。
しかし何というか、寂しい。
加えて不安だ。
今までもスカルの存在は大きいと思っていたが、こうも意図的に避けられれば嫌でも彼の存在の大きさをいつも以上に知ることになる。
先程も街行くカップルを気にしている様子であったし、やはり彼女でもつくりたいのだろうか。
否、もしかしたらもう居るのかも。
そこまで考えて綱吉は表情を歪ませた。
何だか胸が苦しくなる。
嫌だ。
もうこの話題について考えるのはよそう、と綱吉は悲しくなって首を横に振った。
なのでレジのお姉さんが「なんなのかしら…」と綱吉を不審がっていた事にも気付いていない。
店を出る時にチリンチリンと鳴った鈴にドンマイと言われたような気がして、更に綱吉は肩を落とす。
「…何をいきなり落ち込んでるんだ」
「いや…ちょっとね」
あははは、とスカルに乾いた笑いを投げつけ綱吉は足を進める。
従兄弟離れが切ないだなんて言えない。
そして感情の起伏が激しい小さな綱吉の狭い背中を見ながら、スカルも足を進めた。
その距離は微妙なものである。
本心は今すぐ駆け寄ってその隣に並びたいのだけれど、それは無理な話だ。
もう昔の事に思える、彼の温かな体温を思い出す。
あれにまた、攻撃や制裁などではなくちゃんと触れられるようになる日がくるのだろうか。
そう感慨深く肺に酸素を取り込めば、冬の寒さも手伝って肺が軋んだ気がした。
が。しかし、呑気に感慨深くもなっていられないようだ。
「…ねぇスカル、一緒に寝てもいい?」
「はぁ?」
「だって…今日昼に聞いたリボーンの怪談話がマジやばかったんだよ」
その夜、早速悩みの種が強力な勢力でもってしてやってきた。
顔を真っ青にして尋ねる綱吉からは、石鹸の良い香りがする。
そりゃそうだ。
風呂に入った後なのだから。
「何で冬に怪談話…」
「だって…!リボーンがいきなりしたいって言うから!」
「耳塞いでおけばよかっただろう。アホかアンタは」
「その時コロネロにはおい締めにされてて不可抗力だったんだってば!」
分かれよ!と半泣きで枕を抱えている綱吉を寒い廊下に放置しておく訳にも行かず、スカルは渋々綱吉を部屋に招き入れる。
「布団下からとってこい」
「えー…めんどい」
フイっと白々しく視線を反らした綱吉に、スカルはクッションを投げつけた。
勿論豪速球だ。
綱吉に遠慮もなにもない。
「とってこい」
「やだ」
「…おい、」
「じゃあスカルが取ってくればいいだろ」
綱吉は苛々していた。
昔は一緒に寝ていたのだし、そこまで拒否することはないだろうと思っていたのに。
見事に拒否されてしまった。
ショックもデカいが、そこから来る怒りも中々にデカい。
そしてスカルもつられて苛々しだす。
けれども今は夜だ。
奈々はまだ起きていると思うが、喧嘩をしたら迷惑になる時間帯であった。
「勝手にしろ」
結局スカルが折れてベッドに潜れば、綱吉もそれに続いてベッドに入ってくる。
布団は思った以上に冷たかったが、2人分の体温だ。
何とかなるだろう。
綱吉は体を起こし、電気を消す。
残った静寂が気まずい。
「ねぇ、スカル……」
返事はない。
当たり前だ。
今の彼は少し怒っている。
しかも、他でもない自分のせいで。
背を向けられたまま寝られて、更に分が悪い。
綱吉は泣きそうな表情のまま、布団を顔まで被った。
そしてそのままモゴモゴと口を動かす。
「……おやすみ」
また。
沈黙の返事だけが返ってきた。
綱吉はスカルの匂いに包まれながらも、彼に拒絶されるという特殊な感覚に思わず力なく笑いそうになってしまったが、ぐっと息を堪えてやりすごす。
何だか息苦しく感じるのは分厚い布団のせいにして、全く重くない瞼を下ろせばより大きな静けさに対面してしまってちょっとだけ涙を流したのは、綱吉しか知り得ない事実なのだった。
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