りく
□Childish lovers
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淡い日の光に包まれた、甘くて優しい午後のひととき。
スカルは久しぶりに休みがとれたので、ボンゴレ邸へと足を踏み入れていた。
勿論、恋人の綱吉が教えた裏ルートからやって来たのだが、いくら恋は盲目といっても綱吉も一応はボンゴレのボスだ。
そのルートは、別に敵であるスカルに教えても支障がないものである。
そこは至って真面目に穏便に済ますことが重要だ。
だってリボーンからの制裁が恐い。
綱吉とスカルは、彼には逆らえなかった。
「あ、いらっしゃいスカル」
執務室ではなく、私室の方の扉を遠慮なく開けると、彼は呑気にお茶を飲んでいた。
執務室と彼の私室は隣合わせになっていて、中から扉で繋がっている構造だ。
ちょうど時間は3時を回ってまもない。
綱吉が律儀に『おやつの時間』を設けている事はもはや常識と化していた。
だからこうして扉を開けて綱吉がのほほんとお茶をすすっていても、誰も驚かない訳だ。
ただ。
今日スカルはちょっとだけ驚いてしまった。
だって。
「…何でバイパーも居るんだ?」
おかしいだろう。
ヤツもボンゴレの一員であることは否定しない。
だから執務室にいるのだったら構わないとして。
何故私室にいる。
そして、何故。
何故、綱吉と一緒にのほほんとおやつの時間を楽しんでいるのか。
信じられない。
訳を話せと綱吉に視線を投げつければ、まぁ座れば?と更に呑気な返事が返ってくる。
確かにここにずっとつっ立ってるのも何なので、スカルも言われた通り差し出された椅子に腰を下ろした。
チラリとバイパー改めマーモンを睨みつければ、あちらからも殺気が返ってくる。
スカルとマーモンは取り立てて仲が良いわけでもなんでもない。
どれくらい良くないのかというと、現在進行形でお互い「ふざけんなよ」と思い合っている程には。
因みにスカルからの「ふざけんなよ」は、折角2人で過ごそうと久しぶりにとれた休みに態々足を運んだのにふざけんなよ、という意味のそれだ。
そしてマーモンの「ふざけんなよ」は、折角ツナヨシと2人で久しぶりのスイーツタイムだったのにふざけんなよ、という意味である。
お互い譲る気はない。
「マーモンには、俺のスイーツタイムに付き合ってもらってたんだよ。いや…ほら、大の大人が1人で流石にスイーツタイムは寒いと思ってさ」
それに1人だとどうしても食べ過ぎちゃうんだよねーと呟き、空気を察しない綱吉がマーモンはナイスなタイミングでストップをかけてくれるからーとマーモンを褒める。
それにマーモンは気分を良くして、食べかけのサンマルクにフォークを突き刺し食べるのを再開した。
なんというか、甘そうなそれにスカルは自然と顔を歪める。
スカルはあまり甘いものが好きではなかった。
だからスカルにとってサンマルクは見るだけでもちょっと辛いものがあるのだ。
だって見るからに甘そうなのである。
「スカル甘いものが苦手だろ?」
「得意じゃないだけだ」
「ム、美味しいのに。可哀想な奴だよね」
「ねー」
何が「ねー」だ。
馬鹿にしてんのか。
ちょっとムカっときたスカルが綱吉の皿を見てみると、見事にサンマルクは無くなっている。
そして当の綱吉が腰を持ち上げキッチンに入っていってしまったので、その場にはスカルとマーモンが取り残されてしまった。
微妙な沈黙が流れたあとで、マーモンが口を開く。
「君も暇だね」
「お前もな」
そこで会話は終了である。
なんとも味気無いものであった。
その場には、マーモンのフォーク音と綱吉が奥で何やらやっている音しか聞こえてこない。
後はあれだ。
まったくここの空気にそぐわない、外から聞こえてくる小鳥の鳴き声くらいだ。
「…何か空気重くね?」
うっわ、と顔を歪めて綱吉が戻ってきたので2人してそちらを見れば、手に何か白い箱を持っていた。
スカルはその箱に思い当たるものがある。
「オイ、それって…」
「うん!スカルがこの前贈ってくれたズコットだよ」
そうだ。
スカルはついこの前まで、仕事でトスカーナ地方まで足を伸ばしていた。
その際に、このズコットを綱吉に贈ったのだ。
多少リキュールが染みているが、綱吉は酒も甘味もウェルカムな体質だという事は嫌でも知っていた。
それに最近お互い忙しく、構ってやれていなかったから気まぐれが働いたのだと思う。
少なくとも、普段のスカルなら恋人に贈り物というリボーンみたいな甘ったるい事はしないのだが。
しかし綱吉が大いに喜んでくれた(ズコットが到着してすぐさま電話がかかってきた)ようなので、良しとしていた。
「ふーん。君も恋人に贈り物なんてするんだ。意外だよ」
が。マーモンの小馬鹿にしたような発言に、もう綱吉には贈り物をしないことを心に決めたスカルであった。
これがリボーンの居る場であったらと考えるだけで鳥肌が立つ。危なかった。
きっとあの悪魔がいたら、ずっとネチネチ言われるのだろう。そうなったら最悪である。
「スカルには意外に優しい所があるんだよ」
人が恐怖に沈んでいる時にほんわかしないでいただきたいものだ。
というか意外にって何だ。
本当ならばここで頬をつねるか、頭を叩くかするものだが、スカルは諦めて溜め息を吐いた。
2人きりの時は何をやっても構わない。
けれども今は一応彼の部下、マーモンの前だ。
迂濶に普段の行動をとることはできない。
にしてもコイツはいつまでこの部屋に居座るつもりだろうか。
ズコットが出てきたということは、まだ帰らないということか。
嗚呼、腹が立つ。
そもそもそのズコットは綱吉の為に買ったのであって、マーモンに買ったのではない。
プレゼントされた身なら、素直に1人で食ってればいいものを。
と、スカルは理不尽な考えを巡らせながら綱吉が持ってきてくれたハーブティに口をつける。
ハーブティは気持ちを和らげる作用もあるのだが、残念ながら今のスカルに効き目は無さそうだった。
それもそうだろう。
マーモンマーモンと言って綱吉は可愛がっているが、マーモンだって男と換算できる。
つまり久しぶりに恋人の部屋に足を運んでみれば、自分より先に男が居たわけだ。
そう考えると、更にイライラしてきた。
別に束縛とかする気はサラサラないが、何だか胸の奥にドス黒い何かが渦巻いていくのが分かる。
スカルをさしおいてマーモンとの楽しいお喋りを再開した綱吉は、ズコットを口に運び美味しい美味しいと顔を綻ばせていた。
本人はスカルをさしおいているつもりは無いのだが、放っておかれた方は必要以上にそう感じてしまうものだ。
それはあのアルコバレーノでも代わりないらしい。
当然だ。
彼等だってれっきとした人間である。
「あー…と。スカル、ハーブティのおかわりいる?」
「要らない。俺は寝る。寝室借りるからな」
そして数分もしない内に不機嫌を完成させたスカルは、フンと鼻を鳴らして綱吉の寝室に引っ込んでしまった。
寝室に引っ込む前チラリとマーモンを見やれば、満足気に笑われたので更にイラっときたらしい。
スカルの顔はものの見事に無表情だった。
パタン、と扉がしまった後で、綱吉は苦笑いを溢す。
彼の機嫌を治すのには、大抵時間がかかるのだ。
「ム。ツナヨシも大変だね」
「あはは…でも愛されてる証拠だから」
本人に言ったら否定されるが、綱吉はスカルが嫉妬してくれた事に少しだけ喜んでいた。
不謹慎な事かも知れないが、でも嬉しいものは嬉しい。
特に彼はそういった恋愛面での感情を押し付けては来ないから。
今日のだって、表立って思った事を言ってくれた訳ではない。
それでも、その殺気と苛々している雰囲気が彼が何を感じているかを現してくれていた。
同胞だったからだろうか。
彼等は、彼等にどうしても負けず嫌いなふしがある。
スカルも綱吉がハルや他の守護者と話している時は(彼がそこに居合せる事なんて滅多にないが)どうでも良さそうな、まるで相手にしてないような、そんな態度をとるのに。
「幸せそうだね」
「うん。まぁ」
「ブチ壊したくなるよ」
「ちょ、マーモンさん。それはなるべくなら止めて頂きたいんですけど…」
「冗談だよ」
内99%は本気だけどね。
とは言わないでおく。
ズコットを食べ終えたマーモンは、音もなく席を立った。
どうやら帰るらしい。
綱吉もマーモンを見送る為に席を立つ。
すぐそこの入り口までだが、折角来てくれたお客様なのだ。
「スカルと過ごすのもいいけど、仕事もちゃんとしてよね」
「分かってるって。マーモンも金をどっかから拝借とかするなよ」
「…ム。じゃあ、ごちそうさま」
「はい、お粗末様。またね」
マーモンにニッコリ微笑んで、綱吉は彼を送り出した。
そして角を曲がり、姿が見えなくなったことを確認して扉を閉める。
消えなかった辺り、マーモンは徒歩で帰るようだ。
マーモンを見送った後で、目の前の閉まった扉を見つめながら、綱吉はむぅと唇を尖らせて大いに悩む。
これから、スカルの機嫌を治さねばならないのだ。
軽いドメスティックバイオレンスは彼の愛情表現なのだが、如何せん気合いを入れなければやってられない代物。
それでも好きで付き合っているのだから滑稽だろう。
別に取り立ててドMだとかそういう理由ではない。
だからどうやって理不尽な暴力を受けずにいけるかグダグダと考える。
愛のある痛みなのだけど、やはり痛いのは遠慮したいところだ。
「ま、いっか」
しかして綱吉は物事を長時間に及び考える事が苦手であった。
面倒くさいし、なによりも疲れる。
そこのところ、スカルとは真逆なのだ。
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