りく

□Fundamental
2ページ/3ページ



まさか奈々と家光の結婚記念日当日まで微妙な雰囲気が続くとは、当の本人達も思っていなかったらしい。

綱吉がスカルの部屋に乱入してから、仲直りが未だに出来ない2人だ。
綱吉に恋をしてから喧嘩なんて1度もしていなかったスカルは、どうしたものかと考えていた。
でも悪いのは綱吉なのだから仕方がない。
あれは思春期の自分にとっての無意識の内に出た嫌がらせにしか思えなかった。
その上スカルは謝る事に慣れていないし、自分が悪くなければ絶対に謝らない主義だ。
そして綱吉も綱吉で何も言ってこないスカルにご不満な様で、むすっとした表情のまま顔の筋肉が動かない。
彼も無駄に意地だけは張っているのでこちらも自分が悪くなければ絶対に謝らない主義らしい。
そっちが無視をし通すのなら、こっちも徹底的に話しかけてくれるまで話さないことに決める。

そんなこんなで、2人は完全に仲直りするタイミングを失っていた。



「あー…奈々?ツっくん達はどうしてあんなに重い空気を背負ってるのかな?」



夕方、久しぶりに帰ってきた家光が首を傾げる。
ちなみに家光が帰ってきた事によって綱吉の雰囲気が更に重くなったのだが、それに気付くのはスカルしかいない。

奈々は家光の質問に困った様に笑って、彼にビールを注いでいた。
もう料理は8割りがた出来ているらしい。
いい香りが鼻を擽る。



「ツっく〜ん、スカルちゃん、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかしら?」



各々ソファーで自由に過していた2人に奈々が声をかければ、2人は素直に動く。
この家では奈々は絶対的存在なのだ。



「2人共、悪いんだけどお塩買ってきてくれないかしら。少し足りないみたいなの」

「えっ、2人で?」



微笑む奈々に、綱吉がうげっと声を上げる。
チラりとスカルを見ればすました顔で立っていて、その上彼は素直に「分かった」と返事をした。
綱吉はそんなスカルを信じられないといった顔で見つめていたが、結局彼の後に続いて家を出て行くことにしたらしい。



とぼとぼと、イルミネーションが明るい街を歩く。
目の前には、スカルの背中。
しかし目の前といっても、微妙な距離がある。
最近はよくこの微妙な距離に邪魔をされている気がして堪らないのだが、如何せんその距離を縮めるすべを知らなかった。


塩が売っているのは、このイルミネーション通りを進んだ先にあるスーパー。
運がよく、カップル達は居ない。
というか、人が居ない。



「綱吉」



きょろきょろと辺りを見回しているときに、思わぬ方向から声が来て綱吉は瞳をパチクリと瞬かせた。
微妙な距離の先には、スカルが此方を向いて立っている。
綱吉も足を止めて立ち止まれば、スカルは綱吉をじっと見つめてきた。



「アンタに言うまいか昨日からずっと考えてた事がある」



スカルの淡々とした声が、通りに響く。
冷たい空気が少し震えているような気がする。
綱吉は何故だかそれに泣きたいような感覚を覚えて、唇を噛んだ。



「何」



そして息をゆっくり吐きながら、言葉を紡ぐ。
息は、空気に触れて白いモヤになって消えていってしまう。



「あの家を出ようと思う」



ザクっ、と。
体の中心にある大切な所が傷つけられた音を綱吉は聞いたのだが。
正直言って、それどころではない。
何だって?
家を出ていく?



「…何で」



必死に絞りだした声は、思ったよりも低く響いた。



「前々から考えてた事だ。もう奈々の援助を受けなくても生活できるしな」



これは、嘘じゃない。
本当にスカルは独り暮らしを考えていた。
一般の子供であるのなら冗談に済まされることでも、スカルにならそれをやってのける自信と確信がある。
そして最近は綱吉と距離を置きたいとも思っていた。
男女の問題云々と言う前に、従兄弟だ。
手を出していいとかいう問題ではない。

つまり、ここで止まらねばならないのである。
ここから先は甘美ではあるが、とんでもなく危険地帯。
生半可な気持ちでは進めない。

それにスカルは正直理性を保てなくなってきた事に焦りを感じていた。
このままだと、いつどのタイミングで綱吉を押し倒すかもしれない。
それだけは勘弁したかった。



言いたい事を伝えてスッキリしたスカルは、小さく溜め息をついてくるりと綱吉に背を向けた。

これでいい。
これで良かった。
丁度喧嘩もしていた事だし、あの甘えたがりの綱吉も勝手に納得してくれるだろう。



「………何で?」



スカルが足を踏み出そうとした瞬間、後ろから低い声が飛んでくる。
思わず後ろを振り向けば、綱吉は何だか陰を背負っていた。
普段スカルといるときは明るいだけに、なんかやけに纏っている雰囲気がまがまがしい気がする。



「…何で…俺の事嫌いになった?最近そっけないし…それとも彼女が出来たとか、好きな子が居るから俺が邪魔…?」



ボソボソと呟かれた言葉が、ダイレクトに心へと響く。
避けている事に気付いていたことは意外だ。
綱吉はいつも鈍感だから。
しかし見当違いも良いところである。
邪魔だなんてありえない。


「ちがう」

「じゃあ何で?」

「アンタの事は好きだ。でも違う。はっきり言って、最近アンタと居ると少し厳しいものがある」



甘えては駄目だ。
スカルは自分に言い聞かす。
ここで綱吉に繋ぎ止められても、未来が明るい訳じゃない。
そして今度こそ綱吉に背を向けて歩き出したスカルは、やけに輝いているイルミネーションを疎ましいと思いながら見つめていた。

綱吉は立ち止まったまま、ついてこない。
少し言いすぎたのだろうか。


「……厳しい?」



そして当の綱吉は地面を睨みつけていた。
厳しいって何だ。
信じられない。
初めて言われた。
そんな事を言うスカルなんて嫌いだ。
でも。好きだ。
スカルも好きだといったのに。
厳しいって。
何故。

うつ向いて悲愴感に駆られた綱吉は、チラりと何と無く道端をみやる。
すると、倒れた空き缶が目に入ってきた。

綱吉はスタスタと歩いていき、その空き缶を手にとる。中身は入っていない。
そして綱吉がそれを思いっきりすかして歩いているスカルにぶん投げれば、見事に頭に直撃した。
ストラックアウトが一度も成功した事がなかっただけに、少し感動したというのは内緒だ。

空き缶はアルミだったので、スコンといい音が鳴った。
これにはスカルもキレたらしい。
当たり前だ。
スカルは感傷に浸っていたのだ。色々とブチ壊された感が否めない。



「何すんだ!!」



いい加減いつもの癖で大声で叫べば、声が響く。本当に良かった。人通りがなくて。
しかし綱吉も負けてはいない。
少し瞳は水気を多く含んでいたが、キッっと強い眼力でスカルを睨みつけている。
そして口を大きく開き、喚き立てた。



「何で?!何で好きなのに厳しいとか言われなくちゃならないんだよ!!好きなら好きでいいじゃん!!スカルの馬鹿っ!!」



どうやら今まで溜めていた感情が大爆発したらしい綱吉に、スカルも怒鳴り返す。
綱吉の唯一の特技は、スカルの感情を引きずり出すことである。
先ほどの事もあり、見事にスカルはキレていた。
自分はこんなに悩んで悩んで悩んで、それで決めた結果なのに。
大した考えも持たない綱吉に理解して貰えない挙げ句に馬鹿呼ばわりだ。
今までの苦労を知らない癖に、ふざけんな。



「俺がアンタに対して思っている『好き』とアンタが俺に対して思っている『好き』は違う種類なんだぞ!!?」

「知らないよ!好きは好きだろ!!てか好き好き言わせんな恥ずかしいわ馬鹿!」

「馬鹿はアンタだ!!!」

「知ってるよ!!俺が馬鹿だってことくらっ……んんっ!!」



スカルの自制心とやらが遂に故障してしまったらしい。
全く作動しなくなってしまったようだ。

見事に自制心を捨てたスカルはとんでもない事を実行。そしてスカルを煽った綱吉はぶちゅう、とツカツカと寄ってきたスカルに引っ張られキスされるハメになる。

おもいっきりくつけるだけのそれ。
顔を離せば、お互い顔が赤くて少し息が切れていた。


「…だから、言っただろう。俺とアンタの『好き』は違うって」



スカルはぽかんと口を開け真っ赤になったままつっ立っている綱吉に、やれやれと首を振り去ろうとする。
最悪だ。
けれども逆にスッキリした。
これで家を出ていけば、もう顔を合わせることもあるまい。
もうさっさと塩を買って帰ろう。それが良い。
スカルは今度こそ踵を返し歩きだそうとした。



「ちょ…!!待って!!」



が、覚醒した綱吉がスカルを追い掛けてスカルの腰を掴んだ所ですっころぶ。
勿論スカルも道連れになった。



「何すんだアンタ!!」



スカルの機嫌は継続して悪いので綱吉を怒鳴りつければ、綱吉はスカルの襟をぎゅっと掴んでぶっちゅううう!とキスを交した。
これには、怒っていた流石のスカルもビックリしたようで、目を見開いて固まっている。

顔を離せば、綱吉は真っ赤な顔をしてむくれていた。



「な、何か言えよっ…」



真っ赤な真っ赤な綱吉に、スカルはぽかんと口を開けたまま只綱吉を眺めている。
何か有り得ない奇跡が起こった。
嬉しいがここで舞い上がっちゃいられないスカルは、綱吉に1つ問う。



「アンタが今したキスの意味は何だ?」



ここで「俺も好きだから」と言ってくれたらもう絶好調なのだけれども。
綱吉はキッとスカルを睨んだ、が上目使いでしかも泣きそうなので全く迫力がない。



「そんなの…当たり前だろ!!仕返しだっつうの!」



そうか。そうかそうか。
仕返しか。成程な。って。



「馬鹿かアンタは!!いや、馬鹿だろ!!寧ろ馬鹿以外の何者でもないんじゃないのか!?」



プチッときたスカルが、綱吉の左右の頬を掴んでつねりあげる。
痛いが綱吉も負けずにスカルの左右の頬をつねった。
はたから見れば本当に異様な光景である。
いたいけな中学生が2人、地面にしゃがんでお互いの顔を引っ張りあって口論しているのだ。
全く意味が分からない。



「ばっ、馬鹿馬鹿うるさいよ!!大体お前が話ややこしくしたんだろっ!!」

「ややこしくなんてしてない!それに何でキスが仕返しなんだ!!おかしいだろうが!」

「おかしくねーよ!!俺は、スカルがくれた『好き』と同じ『好き』を返しただけだろ!!!」

「んなっ…!!」



それじゃあ。
結果はオーケーだということか。しかしこのまま「好きだ」とまた告白するのは何だか気がひける。だって口喧嘩で負けたみたいだ。

なのでスカルは生意気にも睨んでくる綱吉の頬から手を離し、ガリッと顔面をひっかいてやった。
すると「うぎゃあ!」と悲鳴が上がり、こちらを掴んでいた左右の手も離れる。
見れば顔には大きなひっかき傷が出来ていた。
ざまぁみろ。
いい気味だ。
どうせ綱吉はこの『好き』が恋愛の情であることに気付いていない。
何だか悩んでいた事が馬鹿馬鹿しく思えてきた。



「っ…!!」



痛みに悶絶している綱吉は置いといて、スカルはさっさとスーパーに向かって歩き出す。
綱吉も悔しそうに口を真一文字に結びながらも、スカルの後を小走りでついてくる。
そしてスカルの手を無理矢理掴み、強制的に手を繋いで歩く。



「アンタ帰ったら後悔するなよ」

「しません!!」



スカルの言っている事が全く分からない綱吉であったが、間発入れずに返す。
するとスカルがフンと鼻を鳴らしていたが知るものか。
ぎゅうと強く握った手に力を込めれば、互いの体温が高まった気がした。
本当に、久しぶりに交した温度だ。
不機嫌な2人の顔を、寒空に浮かんでいる月と街のイルミネーションが照らしていた。

まだまだ怒りは尽きないけれども、2人は何だか心が満たされて行く感覚に少しだけ幸福感を見い出す。

結局は、繋がれていて丁度いいのだ。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ