Episode

□日常ノ話
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「───…遅い」


書類の散らばった机の前で溜息を吐く。
手に握ったペンを走らせるのさえ億劫でおぼつかない。

何時までも待っているのになかなか帰って来ない彼女。
何かあったのではと嫌な考えが過ぎる。
だが心配になってきた俺を余所に次官は冷静に言葉を返した。


「そんなに心配しなくてもその内帰って来るだろ」
「だが、あまりにも遅くないか…?」


今日は直でアジトに戻って来る予定だった筈。
普段きっちりと約束の時間までに帰って来るのに、一体どうしたというのか。

どうか無事で帰って来て欲しい。
そして、早く、2人だけの時間を共に分かち合いたい。
この至上の喜びを…


───彼女と。


時間はとうに過ぎた。
未だ音沙汰もなく、開かれる気配もない扉。
胸中に焦燥ばかりが募る。
もし、彼女に何かあったらと思うと……


「身が引き裂かれそうなんだ、俺は…」
「知るか、この変態。それに今日アイツは教室の掃除当番だっつってただろうが」


ソルの鋭い視線が注がれる。
彼女の持つ万年筆がギリギリと悲鳴を上げているのが聞こえる気がする。
俺の2倍程の書類を片していく反面、もう我慢出来ないとばかりにソルが口を開いた。


「大体テメェは毎回毎回おやつ如きにオーバー過ぎるんだよ! 何が身が引き裂かれそうだ、俺の方がよっぽど仕事漬けで引き裂かれそうだ!!
「買Iーバー!? 何処かオーバーなんだ!? お前こそソーニャの帰りが遅いと心配する癖に!」
「俺とテメェじゃ理由が全然違うんだよ! てか、ソーニャの帰りが3時過ぎただけで大騒動すんな! この甘党!!」


現在、執務室の時計は3時15分を回った処。
本日ソニアは学校にて掃除をしてから帰宅する為、いつもの如く3時きっかりに此処に来る事はなかったのだ。

そう、3時のおやつに間に合う事なく。


「ソーニャはまだか…!」
「しつけぇな、テメェも。ンな事言ってねぇで仕事しろ」
「おやつを食べ終えてからじゃないと俺は仕事が出来ないんだ」
「…今日の菓子は西町のシフォンケーキだったよな」
「ああ。あそこの洋菓子屋は絶品だからな」
「よし、アンタの分のシフォンは俺が有り難く頂いてやるよ」
すみませんでした


なんて鬼畜な性格の持ち主なんだ。
おやつを人質に捕るなんて。
全く不敵に笑うソルには何時まで経っても頭が上がらない。


ガチャ──…


「お、」
「ソーニャ…!」
「ゴメン、ロウさん! 待った?」
「待ちくたびれたぞ!」


制服姿で駆け込む様に室内に入って来たソーニャに自然と顔が綻ぶ。
やっとティータイムの時間だ。
そしてソルに食べられる前に食べてしまわねば。


「やったー、シフォンケーキだ!」
「マリーシュカがついでに西町で買って来てくれたんだ、後で礼言っとけよ?」
「うん!」
「じゃあ、今日はアッサムでも淹れて…と」
「ソ…ソル?」


先程とは裏腹に、機嫌良さげに紅茶を淹れに行こうとする彼女。
まさか本当に俺のシフォンまで食べるつもりでは──…!?


「ティータイムなんだろ? 茶ァくらい俺にも飲ませろって」


「…!」
「それに、シフォンはちゃんと3つあるから」


何もそこまで心配しなくても、と呆れた様に笑うソル。
若干嵌められて居た堪れない気がするが悪い気にはならない。

この平和な日常茶飯時が気に入っているから。

また3人で他愛のない事で笑って話す。
それこそが、俺の一番の甘い菓子。
その為に時間を作ってまでする、ティータイムなのだから。





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