Please,forgive me.

□sette
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ヴァリーとヴィー





水の滴る音がする。

排水パイプから漏れ出るそれが足元を濡らす。

霧掛かった路地裏は、早朝にも拘らず酷く暗く静かだ。


ヨーロッパ特有の迷路の様な小路。

この何処かに、ヴェルティローネのボスは居るという。


朝の6時の少し前、ソルは気配を辺りに同調させながら歩いていた。

エイミーに教えて貰った通りの時間、場所で、ヴァレリアスを捜す為に。

ひたすらに角を曲がっては、彼女は腰に提げた剣の柄を掴み直した。





先程大通りに近い一角で、ソルは黒い高級車を見つけた。

エイミーの言葉通りの場所な為、それがヴァレリアスの乗る車だと直ぐに分かった。

SPの多い車の外部の様子を窺っていると、不意に車のドアが開く。

中から出て来た男が青年に話し掛けている姿を見て、ソルはスッと銀瞳を細めた。


まるであの親睦パーティで感じたものと同じ感情。

胸の辺りが熱く、何かが淀んでいる様なむかつき。

復讐に身体が燃え滾るのを感じた。


強烈な殺気を悟られないように深く息をする。

ヴァレリアスの姿を見ただけでこんなにも冷静さを欠く自分が腹立たしい。

親睦パーティでも、この事を急ぐ辛抱の無さが仇になったというのに。


ヴァレリアスが青年と共に車から離れて行く。

ソルが居る位置とは反対方向に進んで行ったのを見届けて、ゆっくりと動き出す。

小道を回り込めば、彼等の背後に立てるかもしれない。

そう思って、ソルは湿った地面を踏み出した。





杞憂を見越して大回りをした。

2人の背中を数m先で望める位置を選びそっとその様子を窺う。

否、窺おうとした。

曲がり角から顔を覗かせようと壁を振り返る。

だが振り返った瞬間に、ソルは一つ後ろの角に身を潜める為後方に疾駆した。


先程彼女が見ようとしていた道からは、ヴァレリアスが一人で通過して行ったからだ。


悠々と煙草を咥えながら小路の奥へと足を進めるヴァレリアス。

何かの罠かと思った。

だが彼の後を追い掛けていた黒髪の青年が、何処にも見当たらない為余計に分からない。

囮なのか、何の企てでもないのか。

はたまた別の策略なのか。


とにかくヴァレリアスを見失わないように後を尾ける。

直線の距離が短いこの小路では、一定の間隔を保っての尾行は難しいかもしれない。

そう危惧しながらヴァレリアスの背中を遠くから見つめた。


暫く歩いた頃だ。

ソルがある異変に気が付いたのは。


こんなにも細く入り組んだ小路を歩いているにも拘らず、ヴァレリアスは先程から直進しかしていない。

T字路や行き止まり以外の道は全て、真っ直ぐ進んでいる様に見えるのだ。

やはり何かの罠なのかと警告が頭を過ぎる。

しかしソルは決して引き返す事も足を滞らす事もせずに歩を進ませた。

冷静でいる様で、実際にはそれ程までに頭に血が昇っている事に、彼女自身気が付いていなかった。


「……此処らでいいかぁ」

「───…!」


唐突に、間延びした声音でヴァレリアスが口を開く。

ソルに気が付いたかどうかは彼女には分からなかったが、隠れた壁越しに身を縮こませるには充分だった。


何時の間にか吸い終えたのか煙草の煙は立ち上ぼっておらず、彼はじっと前だけを見やる。

その眼前には堆く積まれた石煉瓦の壁がそびえていた。



「居るんだろ? ヴァイオレット、」



確信を持ってそう問われた瞬間に体躯が凍る。

何時から気付いていただの、何故声を掛けただのと頭の中で自問する。

だがよくよく考えれば心当たりなど幾らでもある事に気付き、ソルは嫌でも次の言葉を待つしかなかった。


「出て来い。お前に話がある」

「…………」

「俺の後ろは行き止まり、通路はお前が居る十字路だけの一本道。悪い条件じゃないだろ?」

「…………」

「…此処に部下は居ねぇし、さっきの黒髪の奴も置いて来た。俺はもう逃げも隠れもしねーよ」


小さな子供を宥める様に言われた最後の言葉に、ソルは大きく瞳を見開いた。

さっきの黒髪の奴、という事は彼が車を下りた時点で、既にこちらの存在に気付いていた事になる。

何処までも見透かされている様な感覚に、胃の辺りがこれ以上もなく不快だった。


それから暫く両者の間に沈黙が流れた。

ヴァレリアスはソルが動くのを待つつもりなのか、全く微動だにしない。

その間にもソルは息を潜め、何度も心中で叫び声を上げた。




───今しかない。




深く空気を吸い込んで、その反動だとでも言う様に足を前に踏み出す。

目の前の十字路を左に曲がって、その向こうの男を冷たく睨み付ける。

仁王立ちで佇むソルを見ながら、彼女の実父は静かにほくそ笑んでいた。






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