07/21の日記

09:40
長なす漬けとサビについて
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愛媛のみかんパンの売れ行きはそこそこであった。
が、宮城の長なす漬けの売れはかんばしくなく、ここのところ松ばあの食事には、どうにもしようがなくなった長なす漬けが、毎回かかさず並んでいる。きぬゑのところにも大量に置いてきたので、あちらでも毎回長なす漬けが並んでいることだろう。
そんな宮城の長なす漬けパンだが、まだ店頭に並んでいる。
毎日これを5つ買っていくオヤジがいるのだ。
そのオヤジしかこのパンを買っていく客はいないのだが、松代はその客1人のために、毎日このパンを5つ焼いて並べているのである。

小さい頃から、きぬゑのところで駄菓子を買い、中学生になってからは松代のところでパンを買っている『りん子』という子がいる。
年頃になり、色気づいて化粧をし、スカートを短くしたりして自分の存在をアピールしている、今時の高校生だ。
「ねぇ、松ばあ。あの宮城パン、信じられないマズさだったよ。なんでまだ売ってんの?」と、りん子が松ばあに聞いた。

松ばあは、こう答えた。
「私はね、研究者だよ。そして職人さ。年をとって、それなりに成長して、味もでてきてる。
だけどね、こんな私でも心ん中はあんたと同じ年頃の1人の女なんだよ。」
りん子は店のサビのついた鏡にうつる自分の姿を見た。それからほほの少し赤くなった松ばあを見、また鏡のサビをみて、人の本当の姿というものを考えるのであった。

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09:16
みつお
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「いらっしゃーい。」
少し低いしゃがれ声で、いつものように松ばあが客に挨拶をする。
今入ってきた客は、この店の常連客である。
リュックサックを片側に背負い、少しひざのやぶれたジーパンをはいた青年である。
あげパンを2つ買うのがこの客の決まりだ。
それから新商品のでた日は、かならずそれを1つ買っていく。
だが、新商品が2つあった場合は、あげパンを1つにして、新商品を2つ買っていく。
新商品が3つ以上あった場合も、あげパン1つと新商品2つを買っていく。

『パンは1日3つまで』

それもこの客の決まりだ。
松ばあは、そんな青年を心の中でひそかに「3つ男(みつお)」と呼んで勝手な親しみを感じている。

3つ男は今日も3つのパンを買い、「ども。」と言って店をでていった。

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09:07
姉妹の会話
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「松ねーさん、調子はどう?うちはぼちぼちよ。そりゃあ服は売れないんだけどさ、なんとかなってるわ。ワンピースだっていつかは売れるはず。だってあんなに素敵なのよ、あのワンピース!ねーさんもそう思うでしょ?私は他で見たことないわ、あんなに素敵なワンピース。
それにあのハイヒール!絶対に売れるはずなのよ。それが売れずにまだ店にあるのは、きっと時代のせいね。まだまだ時代が私のセンスにおいついてこないんだわ。残念ねぇ。
でもきっと、どこかでハイセンスな誰かが、うちの店をさがしてるはずよ。うちのワンピースたちを!」
きぬゑは松代のところに日に幾度も顔をだしては、こんなようなことを1人でしゃべり、帰っていく。
松代はその間、鉛筆を右手にもち、首をこくこくと動かしながら、通販雑誌を読みふける。
次は何を注文しようか?
どんな具が斬新だろう?
たどと考えているのである。
松代 59歳。きぬゑ 56歳。
仲の良い姉妹である。

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