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〜きっといつか〜


「…きもちわるい…」


私は不意に、なにかがこみあげてくるのを感じて、厠へかけこんだ。
みんなが集まっているときだったので、異様な雰囲気になっていることだろう。
姫様と朔様が心配して追いかけてきてくれる。
吐き気のままに吐き出した私は、厠から一旦出た。

「大丈夫?」
「調子でも悪いのかしら…」

言葉を発そうとして、またごほごほとむせてしまう。
ありがたいことに、姫様と朔様が交互に背中をさすってくれた。

のどが焼けているかのように痛むが、なんとか落ちついてきて、やっと深呼吸する。

すると、弁慶さんと、血相を変えたヒノエが走ってくる。

「大丈夫かい?」

と、ヒノエが弁慶さんの持っていた水をこちらに差し出してくれる。
のどが痛かったので、それはとてもありがたく、少し口に含んで飲みこんだ。

弁慶さんが、手を私の額に当てて、熱はないですね、と少し安心したように言う。
ギッ、とヒノエが弁慶さんをにらむのがわかった。

「…ここ最近、調子が悪いみたいなんだ」
「吐き気など…ですか?」「はい…」

うーん、と弁慶さんはしばらく考えるようにして、ゆっくりと私に顔を近づけ、耳打ちする。

「最近、きちんと定期的にきていますか?」

おい、というヒノエの声が聞こえたが、私はこの一言の衝撃で動けなかった。
元々不順だったので気にしていなかったが、思えばしばらくきていない。
私は、弁慶さんがなにを言いたいか気づき、涙が溢れるのをこらえながら、ゆっくりと首をふった。
そうなんだ、と思うとやはりこらえきれずに涙が頬を伝う。
弁慶さんはほほ笑んだが、

「おい弁慶!なにを言った!」

ヒノエが弁慶さんの襟元を掴む。

「ちょ、ちょっとヒノエくん!」

姫様がおろおろしながら止めに入る。
騒ぎになってきたのに気づき、全員が集まってくる。
みんなきっと、私に気をつかって、来ないでくれていたのだろう。


「おめでとうございます」
予想外の言葉に、みんなが間抜けな声をあげた。

「どういう意味」
「白龍、きみは気づいていたんでしょう?」
「うん、ここに、新しい命が宿っている」

白龍様の、神気に満ちた手のひらが、私のお腹にあてられる。
あたたかい。
白龍様がにっこりと笑いかけてくれると、私はまた目頭が熱くなってくるのを感じた。

みんなが驚きの声をあげて、私とヒノエに祝福の言葉をくれる。
ヒノエは、満面の笑みを浮かべて、私を抱きしめてくれた。




「まだ動かないかな?」

ヒノエは私の腰に腕をまわし、お腹に耳をくっつけるようにして、私の前にうつ伏せに寝そべっている。
一生懸命お腹に耳を押しつけているのがなんだか可愛く、同時に少し照れた。

「もっとお腹が大きくならないと動かないって弁慶さん言ってたよ」
「ふうん…」

私はヒノエの真っ赤な頭を撫でる。
生まれてくる子も、この美しい色を受け継いでいるといい。

「…夢のようだよ。本当に、嬉しい」

その幸福そうな顔はもはや『父親』で。
このゆるやかな空気はあたたかくて、ほんの少しだけれど、私のなかにあった不安は一気に消えた。

「私も…すごく幸せ。ありがとう、ヒノエ」
「礼を言うのはこっちだよ。…ありがとう」

そして、ずっとお腹の辺りにあったヒノエの顔がどんどん近づいてきて、優しく唇が触れた。
色っぽい空気は全くなくて、私は目を閉じ、その砂糖菓子のようなふんわりとしたくちづけを堪能した。




…次に目を開けると、いつもの天井が見えた。
もぞ、と身体を動かすと、隣にはヒノエの寝顔。
めったに見られないけれど、相変わらずあどけなくて可愛い。

頭がぼんやりとしている。
なるほど、あれは夢だったらしい。
信じられないほどに、鮮明な、夢。

でも、きっといつか。

きっといつかやってくる未来を信じて、ヒノエの胸に頬を擦りよせた。



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