novel3 Sunday

□お嬢様
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〜お嬢様〜
(執事パラレル)


「お帰りなさいませ、お嬢様」
「…」

私はかばんと上着を彼に渡し、開けられた扉の中へ進む。
家の中に入ると、何人もの使用人が迎えてくれる。
私は軽くそれに応えながら一直線に自室に向かう。


「お嬢様、お茶をお持ちいたしましょうか」
「…うん、ねえヒノエ」

部屋に入ると同時に、彼のほうに向き直る。
ヒノエは、私に一番近い執事。
幼いころから彼が執事で私が主人という関係で育った。
けれど、

「どういうこと?」
「なにがでしょうか?」
「昨日の…こと」

昨日、私はヒノエにすきだと伝えられた。
私はずっとヒノエがすきだった。
だから、あんな堅い言葉遣いもすきではなかったし、どこか一線ひかれたこの関係が苦しかった。
だから、嬉しかったけれど。

けれど、簡単に信じられない。
ヒノエは嘘が上手だから。


「やはり…信じていただけていなかったのですね」

そんなふうに言われると、心が痛む。

「…オレは、小さな頃からあなただけを見てきたのです。お嬢様、何度、その唇に触れたいと思ったことか」

私の手にそっと触れて、せつなげな視線を私に送るヒノエ。
どれだけこの気持ちを伝えるのに彼が悩んだか、瞳を見ればすぐに分かった。
長いまつげが、よく見ると震えている。
とくん、と心臓の音が聞こえて、それを皮切りに私の心臓は激しく拍動を始めた。

「オレは、もうこんな気持ちのままでは執事はできません。…お嬢様のもとを離れる決意も、固まっております」

ぎゅ、と私の手を握るヒノエの手に力が入った。
本気なのだ。
ヒノエが私の傍からいなくなる?そんなの冗談ではない。
早く、早く伝えなければ。自分の気持ちを。

「ヒノ…エ…」

早く動かそうとすればするほど、スローモーションのように唇が上手く動かなくなる。
何度も考えた長い返事を言い切ることが出来そうもないので、私はなんとか短いく、一番伝えたいことだけを言うことにする。

あのまっすぐな瞳を見つめながら言うことはできなかったので、ヒノエの身体にもたれかかるようにする。
目の前にヒノエの耳が現れて、こちらのほうが恥ずかしいかもしれないと今さら思った。


「…す…き…、私、も…」

すると、急にぐい、と顎をつかまれ強引にくちづけられる。
後頭部も引き寄せられ、苦しいほどに押し付けられる。


はあ、と息を乱して見つめた先には、見たことのないヒノエの表情。
いたずらにほほえむ官能的な瞳、そして口元。

耳に彼の指先が触れてぴくりとする。

「ふふ…これでこれからもお嬢様のお世話ができます。…覚悟してなよ?」

ああ、きっと私の気持ちなんか最初からばればれだったに違いない。
ヒノエは私の襟元をすこしだけ乱し、優しく唇を這わせ、ぺろりと舐めたあと、お茶を用意しに出て行った。



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ベタですが、長年の深い付き合いのある主従はだいすきです。

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